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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百七 玲那編 「そして家族へ」

当面、沙奈子を部屋に一人きりにすることをしないというのが決まって、僕は石油ファンヒーターを出してきた。さすがにうちの古いエアコンの暖房だと厳しくなってきた気がするし。それでも沙奈子には、ファンヒーターには触らないように念を押しておいた。「うん、分かった」って頷いてくれたのを確認して、僕は近所のセルフスタンドに灯油を買いに自転車を走らせた。


戻って灯油を入れて、ファンヒーターを点ける。沙奈子は珍しそうにそれを見てた。ボッて音と共に温風が噴き出すと、「わあ」と声を上げた後、「くさ~い」と鼻をつまんだ。どうしても点いた瞬間は臭うからね。


もう十ヶ月ぶりくらいに使うからしばらく様子を見て、どうやら問題なさそうだっていうことでそこでようやく落ち着いた。設定温度は敢えて最低にしておく。それでもけっこう温かくなる。これでコタツも使ってたらまあ凍えることはないと思う。さすがにお風呂に入る時は温度を上げないと寒いとは思うけど。


灯油はベランダに置いておく。これも沙奈子には触らないように言い聞かせておく。自分の興味のないものには全く関心を示さない子だから、変に気を効かそうとして余計なことをしないようにだけ言っておけば大丈夫だ。


「あったかい」


臭いがほとんど消えたファンヒーターの前にしゃがんだ沙奈子が、手をかざしながらそう言った。うちの古いエアコンの、温風なのかただの送風なのかって感じの微妙な風と違って間違いなく暖かい風が出てることに、彼女は感心してるみたいだった。


そして、そんな沙奈子の様子に、絵里奈も玲那も頬が緩みっぱなしだった。


でもそのすぐ後で、玲那がまた「秋嶋さんとこ行ってきま~す」と言って出て行ってしまった。何だろう。そんなに楽しいのかなあ。まあ玲那が楽しいんならいいんだけどさ。と、僕は自分に言い聞かせていた。


それに、玲那が秋嶋さんたちに対してちゃんと沙奈子との距離感みたいなものを守ってくれるように言ってくれるなら、そういう意味でも助かるというのはある。玲那が言うように秋嶋さんたちがいい人なら信じたいと思う反面、沙奈子っていう守らなきゃいけないものができてしまった僕はどうしても慎重になるしかないんだ。選択の結果が自分だけに返ってくるのなら賭けに出ることはできても、この子に影響が出るようなものは、簡単には決められないから。


玲那の言葉をきちんと聞いてくれて今後もその通りにしてくれるっていう形で信用できるっていう面を示してくれるなら、いずれはと考えてもいいけどね。


これは、僕自身の存在が沙奈子にとって賭けだったっていうこともあってのことなんだ。たまたま上手くいっただけっていうのを繰り返すリスクは背負わせたくない。


同時に、そんな男性ばかりの部屋に玲那を一人で行かせることについての不安もある。まあ、玲那は仮にも大人だし、僕たちがすぐ隣にいるから無茶なことはしないと思うけど、やっぱり心配なのは心配だよ。


だけど、そんな僕の心配をよそに、玲那はその後もちょくちょく秋嶋さんの部屋に出入りするようになったのだった。




夕食の後、今度は四人で山仁さんのところに行くことになった。僕と玲那の養子縁組の証人をお願いしに行くためだ。先に電話で大まかなことは話してるし、証人になっていいとはおっしゃってくれてるけど、さすがに婚姻届けと違ってそんなに身近なことじゃないから、今度こそちゃんとご挨拶に行って、事情を説明した上でお願いするべきだと思った。僕たち四人が家族になるために必要なことだというのを、四人全員で説明したかった。


山仁さんの家に着いてチャイムを押すと、「はーい」とまた男の子の声で返事があった。大希ひろきくんの声だった。ドアが開けられ「こんばんは」と頭を下げると、「こんばんは!」と大希くんが元気に挨拶してくれた。するとその後ろから山仁さんも姿を現して、「ようこそおいでくださいました」と丁寧に迎えてくれた。


「どうぞ、上がってください。二階なのでちょっとお手数ですけど」


そう言われて僕たちは、みんなで二階に上がらせてもらったのだった。沙奈子は何度か来てるから慣れてるのか大希くんと一緒にさっと上がっていく。少し急な階段だったから僕たちは手を着きながら慎重に上っていった。


二階に上がるとうちと同じような石油ファンヒーターが点いていて、部屋が温められてた。


「どうぞ適当に座ってください」


六畳くらいの和室の真ん中に置かれたテーブルの周りに座布団が並べられていて、僕たちはとにかくそこに腰を下ろした。その僕たちの前に、大希くんが紙コップに入れたミネラルウォーターを出してくれた。すごいなあって感心してしまった。


「え、と、それで、今日は養子縁組の証人になればいいということですか?」


山仁さんは、前置きをおかず単刀直入に話を切り出してくれた。それで僕も遠慮くなくすんなりと話を始められた。僕と、絵里奈や玲那との出会い。絵里奈と玲那がどれほど沙奈子のことを大切に思ってくれてるか。そして沙奈子を守るためにこの四人で家族になるために、今回の養子縁組をするっていうことを説明させてもらった。


山仁さんはそれらを、穏やかな表情のまま黙って聞いてくれていた。その時の山仁さんは何度か沙奈子の方に視線を向けてるのが分かった。僕たちが話をしてる時の沙奈子の様子を見てる気がした。


そして一通り話が終わると、「なるほど、話は分かりました」と頷いてくれたのだった。


「皆さんがどれほど家族になりたいのかっていう気持ちがすごく伝わったと思います。結構です。証人の件、お引き受けいたします」


山仁さんの言葉に、僕たちは床に頭を着けるくらいの気持ちで頭を下げた。「ありがとうございます」としか言えなかった。


証人の一人は、玲那のアニメ関係の友達が一人OKしてくれたそうで、僕と玲那、絵里奈と玲那の書類両方にすでに記入されていた。その二枚に、山仁さんが証人として署名捺印してくれた。これで、後は役所に届ければいい。


書類を受け取り、僕たちはもう一度、深々と頭を下げた。感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。


「お幸せに」


帰り際、山仁さんはそう言って僕たちを見送ってくれた。そこでまた頭を下げて、山仁さんの家を後にした。


「さあ、さっそく役所に持っていこう」


書類の提出は、こちらも婚姻届けと同じで時間外受付でも受け付けてもらえるということだったから、その足で役所へと向かう。


その途中、沙奈子が聞いてきた。


「これでれいなおねえちゃんも本当に家族になれる?」


沙奈子も気にしてくれてたんだっていうのが伝わってきた。


「うん、そうだよ。これで僕たちは本当の家族だ」


僕の言葉に沙奈子は、夜道でもはっきりと分かるくらいに嬉しそうな笑顔になったのだった。


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