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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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二百三 玲那編 「お隣さん」

玲那と沙奈子に挟まれて眠って、木曜日の朝になった。


「明日休みだから、今日は私も帰ってくるよ。沙奈子ちゃん」


そうだった。明日は祝日だから絵里奈も玲那も帰ってくるんだった。沙奈子は嬉しそうに「うん」て頷いてた。


そんなこんなで用意を済まして、「行ってきます」と沙奈子に見送られながら玄関を出た時、玲那がビクッと体を跳ねさせたのが分かった。


何ごと?、と玲那が視線を向けた方を見ると、そこに男の人が立っていた。まさか人がいると思ってなくてびっくりしたんだって思った。


隣の部屋の人だった。たぶん大学生くらいの、ちょっと頼りない感じの大人しそうな、目立った特徴がないのが特徴っていう人だった。もっとも、それは僕も同じだと思うけど。


「お、おはようございます…」


…え…?。


驚いた。たぶんこの人が隣に住むようになってからは二年くらいになるかな。だけど今まで一度も口もきいたことすらない。なのに急に挨拶されて、意味が分からなかった。


何の用なのかも予測も付かなくて、この時の僕と玲那は完全に怪訝そうな顔になってたと思う。そんな僕たちに、彼は何か決心したみたいな顔をして口を開いた。


「お前も私も共に魂の根源から人間を呪う存在。私は、私の半分を贄として差し出そう。私の力となれ、黒龍!」


……はい…?。


何を言われたのかさっぱり分からなくて意味が頭に入ってこなくて、僕はただ呆然としてただけだった。なのに、僕の後ろから、


「それ、『竜の記界~冥門編~』第三話、『黒龍の目覚め』で暗瞑あんめいが黒龍と契約する時のセリフ!。あなた、『竜の記界』を知ってるの!?」


…え、ええ…?、何?、何のこと…?。


状況が理解出来なくて戸惑う僕と沙奈子を置き去りに、僕を押しのけるようにしてその男の人の前に立った玲那が、ものすごい勢いでその人と喋り始めたのだった。


どうやらアニメの話をしてるみたいだっていうのだけは分かった。だけど僕はバスの時間があるからもう行かなくちゃダメだった。


「玲那、先に行くからね」


そう声を掛けると、


「分かった。私も後から行くから」


と、その人と喋るついでみたいに本当に分かってるのかどうかいまいち不安な返事をした玲那を置いて、沙奈子には、


「気を付けていくんだよ。それから、今日は学校が終わったらお母さんが迎えに来るまで山仁さんのところで待っててね」


と念押しして、沙奈子が「分かった」って頷いたのを確認して、僕はとにかくバス停へと向かったのだった。


朝からわけの分からないことが起こって混乱しつつバスに揺られて会社に着くと、門のところに絵里奈が立っていた。


「おはようございます」


絵里奈の挨拶に「おはよう」って返しながら僕は、


「玲那はまだ来てない?」


って尋ねてみた。すると絵里奈は「いいえ」と首を振って、


「何かあったんですか?」


と聞かれたから、さっきあったことを簡単に説明した。その途端に絵里奈は頭を抱えて、


「あ~もう、あの子は~…!」


って感じで溜息を吐いた。


「好きなアニメのことになると周りが見えなくなるのって、ホント病気ですよね。いいです、私が待っておきますから山下さんはこのまま仕事に行ってください」


そう言われて僕は気になりつつもその通りにした。それから午前の仕事を終わらせ社員食堂に行くと、ちゃんと二人揃ってて安心した。


「てへ、ごめんなさい。『竜の記界』のことを知ってる人に久しぶりに会ったからテンション上がっちゃって」


開口一番、玲那がそう言って頭を掻いた。


「てへ、じゃないでしょ?。遅刻ギリギリで息切らせて飛び込んできたクセに!」


絵里奈が母親みたいに玲那をたしなめた。


『竜の記界』っていうのは、玲那が好きなアニメの一つで、3代目黒龍号の名前の由来にもなったキャラクターが出てくるものだっていうのを説明された。それはあまり有名なアニメじゃなくて知ってる人もそんなにいなくて、知ってる人に会えたことで嬉しすぎて夢中になってしまったということだった。


でもまあそれ自体は、玲那にとっては重要でも僕にとってはそうではなく、それよりはその後で聞かされたことに、僕は驚かされてしまってた。


と言うのも、その、隣の部屋の彼、秋嶋あきしまさんの話によると、児童相談所に僕が沙奈子を虐待してるっていう通報をしたのは、火曜日に二階から落ちて今は入院してる樫牧かしまきっていう人だっていうことだった。


玲那も時間がなくて詳しい話まではできなかったらしいけど、後で『虐待なんかなかった』っていう電話をしたのは秋嶋さんで、樫牧さんがした虚偽の通報のことを本人に問い詰めたらそれでケンカになって、感情が高ぶった樫牧さんが自分の部屋の窓を突き破ってベランダから飛び降りたっていうのが、火曜日に起こった事件の顛末らしかった。


ただ、僕は、その話をそのまま鵜呑みにしていいのか?っていうのが、聞いた時の第一印象だった。


たとえ事実だとしても、どうして急にそのことを、しかも玲那に話したのかっていうのがすごく引っかかった。だからますます心配になってしまった。


玲那は「え?、秋嶋さん、いい人だと思いますよ?」って言ったけど、さすがに絵里奈も「え~?」っていう顔をしてた。僕も正直、同じ趣味の人だからちょっと贔屓目に見てるんじゃないのかなっていうのがあった。玲那を信じないわけじゃないけど、玲那が感じたとおりに僕たちも感じられるわけじゃないから。


いずれにしてもしばらく用心した方がいいかも知れない。何が起こってるのかはっきりするまでは。


でも明日は祝日なので、玲那も帰ってくる。だから今日、仕事終わりにアニメのことで語り合うという約束をしてきたらしい。秋嶋さんの部屋で。


若い男性の一人暮らしの部屋になんて大丈夫なのか?と思ったけど、今日は絵里奈も帰ってくるし隣の部屋だし、もしもの時は大きな物音立てれば大丈夫ってことのようだ。うん、まあ、そうなんだろうけどさ…。


なんか複雑だった。児童相談所への通報云々の話もそうだし、なにより玲那が他の男性と親しくなると考えると、胸の辺りが何かこうモヤモヤするというか…。


あ。これってもしかして嫉妬?。でも、付き合ってる相手が浮気するとかそういう場合の嫉妬とは何か違う気もする。ということは、娘が男の子と親しくしてるのを知った父親のそれってことか…?。


なんだかなあ…。


本当にもうますますよく分からない状況になってきてる気がする。そんなことが頭によぎるのを追い払いつつ、僕は午後の仕事に集中した。よく分からないことで惑わされてるわけにはいかない。何しろ家長なんだからね。しっかり仕事しなきゃ、僕たちの生活は守れない。玲那と秋嶋さんのことについては、また別に考えることにしようと思ったのだった。


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