二千 玲緒奈編 「二十年で大人になれ」
十二月十八日。土曜日。晴れ。
今日はまた、沙奈子たちは自転車で水族館に行く。寒いけど、ちゃんと防寒してれば大丈夫だって。こうやって沙奈子の世界が広がっていってる。児童相談所の独断で僕と引き離されそうになった時、自分の腕をボールペンで容赦なく突いて血塗れになって救急車で搬送されたなんてことがあったとか、とても信じられない。
そうだ。大人の側が勝手に強権を発動して強引なことをしたら余計に大変なことになったんだよ。これも結局、沙奈子が『人間』だったからだ。人間だから『心』があって『感情』があって『想い』があって、それが踏みにじられそうになったことでパニックを起こした。当時の彼女には、僕しかいなかったからね。
だけど時間を掛けてゆっくりと段階を踏んで沙奈子自身の成長を見守ってるうちに、僕が傍にいなくても平気になれたんだ。僕が傍にいなくても大丈夫というのを、沙奈子自身が実感していってくれた。千早ちゃんや大希くんや結人くんがいれば大丈夫だって、実感していってくれたんだ。
今はまだ、完全に沙奈子一人で行動することはほとんどないのも、こうして徐々に経験を積んでいっていずれはそれができるようになってくれればいい。
『二十年で大人になれ』
なんて言わない。だって、沙奈子の実の両親は、彼女が小学校の四年になるまでほとんど『育てて』なんていなかったんだからね。『死なせない』ことと『育てる』のはまったく違うと僕は思う。十歳になるまで沙奈子は『死ななかった』だけだ。『育てて』なんてもらってない。それなのに『二十歳までに大人になれ』なんて、相手の事情も分かってない人間の戯言だとしか思わない。
ただ自分がそうやって相手を見下したいだけなんだとしか思えないよ。
『二十年で大人になれなかった人』
をね。そうやって自分を上に見たいだけなんだとしか感じられない。もっとも、僕がこう言ってるのさえ、
『相手を見下して自分を上に見たいだけだろ!?』
と言うかもしれないけど。でも、そうやって見下される気がするのが嫌なんだったら、どうして相手を見下すの?。自分はそうされるのが嫌なんだよね?。
僕は別に見下したいわけじゃない。ただ疑問なだけなんだ。訳が分からないだけなんだよ。そして何より、誰かを見下す態度を玲緒奈の前で見せたくないんだ。
そんな僕の真似をして玲緒奈が誰かを見下すような態度を取ったりしたら嫌なんだ。だって、そんな風に誰かを見下すような態度を取ってる人って、嫌われるよね?。




