千九百九十 玲緒奈編 「ご健勝をお祈り申し上げます」
十二月八日。水曜日。曇り。
『学歴フィルター』の件について、星谷さんはこうも言ってた。
「ただ、『学歴によってその人の可能性が狭められるのは好ましくない』という理念も、理解できなくはないんです。ですから、もし、沙奈子さんが高校には進学せずにそのまま『SANA』に就職なさるとしても、私は反対しません。なぜなら、沙奈子さんの能力も人柄も適性も判明しているからです。むしろ沙奈子さんは『SANA』にとっては必要不可欠な方ですから、学歴は重要な要素ではありませんし。ただそれでも、『事前情報が学歴や簡単な来歴しかない方』の中から選ぶとなれば、可能性に賭けるしかありませんので、優秀な人材である可能性が高いグループからさらに絞り込むことは、当然の手法ではないでしょうか?。『学歴で差別してはならない』というのであれば募集要項にはそのような記載はしなくとも、具体的なマニュアルとしては作らなくとも、明文化されない選別方法というものは自然とできてしまうでしょうね」
これは、僕でもそう思う。決して『一流』とは言い難い大学しか出ていない僕が前の会社に就職できたのだって、あくまで『CADが使える』という条件に合致したからであって、『どういう人材を求めているか?』という企業側の事情を考えた時には学歴によって絞る場合があるのも当然だと思うんだ。資格のあるなしで絞るのも同じだと思うんだけどな。具体的な資格という形では絞れないような人材募集だからこそ学歴で絞るというのは、確かになにもおかしくないと感じるんだよ。
でも同時に、ルールとして『学歴で差別してはいけない』とあるのならしないし、僕が今勤めてる会社もそこはしてないそうだし、『SANA』もそんな規定は設けてない。けれどそれは、『宣伝しなくてもたくさんの応募がある有名企業とは事情が違う』というのもあって、そもそも募集を掛けても応募がなかったりするから、『学歴でフィルターを掛けようと思ってもそもそもできない』という事情もあるんだよね。
『応募してくれた人の能力が会社の求める基準にまったく届いてない』
『明らかに人間性に問題があって採用したら大変なリスクを抱え込む可能性が高い』
というような場合でもない限り『不採用』とはならないし。
だけど、僕が今勤めてる会社でも募集をかけるとたまにいるそうだ。中小企業と侮って『自分は採用されて当たり前』という謎の自信を持って、不可解な持論を展開してくる人が。そういう人は、職場に不協和音を持ち込む可能性が高いから『ご健勝をお祈り申し上げます』ってことになるらしい。
正直、洲律さんみたいに『能力はあるけど言動が独特』という人でも採用されるあの会社で『お祈り』される人って、どうなんだろう……?。




