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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百九十九 玲那編 「事件発生」

それは、お昼を少し回った頃のことだった。上の階で何やらどたどたという気配がしてた。僕たちの部屋の真上は、大家さんが物置に使ってるらしくて人は住んでない筈だった。だからたぶん、斜め上の部屋からの音だと思った。


足音と言うか、暴れてる感じ…かな?。


このアパートに住んでる人はみんな、すごく大人しいと言うか気配を殺して生活してる感じで、お互い、生活音とかが気になることはほとんどなかった。かつては僕もその一人で、極力、物音を立てないようにという以上に、僕がそこにいることを知られないようにするくらいの感じで息をひそめてたと思う。


そこに沙奈子が来たのだった。


沙奈子自身も騒ぐ子じゃなかったからあまり物音とかさせてなかったはずだけど、それでも夏に一緒に水浴びした後くらいからはちょっと物音をさせるようになってしまってたかもしれない。さらにそこに絵里奈と玲那が来て、さすがに多少の音はさせるようになってしまってたと思う。ただ、こんなに大きな音はさせてなかったとは自分では思ってた。


その音は、どうやら一人じゃない感じだった。少なくとも二人くらいが部屋の中で強く床を踏みしめてるって気がした。しかも、何を言ってるのかまでは聞き取れないけど、言い争いをしてる感じの声まで聞こえてきた。


ケンカ…?。


そう、誰かがケンカをしてる感じかもしれない。ああでも、そういうことをしそうな人はいなかった気がするんだけどな。ここに住んで7年くらいになる間に、こんなことはなかったと思う。


だけど、その物音はだんだん大きくなってきてる気もする。僕には関係ないことのはずだから気にしないようにして収まるのを待とうと思ってたその時、はっきりとは聞き取れない声の中で一つだけやけに耳に引っかかる感じの言葉があった。


「さなこちゃ…!」


…え?、今のって『さなこちゃん』って言ったのか?。何?、どういうこと?。


僕が戸惑ってたら、また今度はしっかりと、


「さなこちゃんが…!」


って聞こえた。今度はそれこそ間違いない。はっきりと『さなこちゃん』って言ってたぞ。


あ、いや、でも、ひょっとしたらたまたま同じ名前なだけで、沙奈子のことじゃないかも知れないし…。


僕がそんな風に考えてる間にもどんどん物音が大きくなって、ガチャンとか、ガラスのコップとかが割れるみたいな音までした。これはもう、ただ事じゃない。ケンカだとしても相当なケンカだ。


何かマズいことになりそうな気がして、警察とかに通報した方がいいかなと僕が思ってると今度は、バシャーン、と窓ガラスが割れる音がしてベランダに誰かが出る気配がしたと思った次の瞬間、外の地面の辺りでドスンという感じの、何か重いものが落ちるみたいな鈍い音がしたのだった。


ええ?、これはいくら何でもおかしいぞ?。僕は窓を開けて、絵里奈が作ってくれた目隠しの覆いの隙間から音のしたあたりをそっと覗いてみた。するとそこに、若い男の人が倒れているのが見えた。しかも明らかに様子がおかしい。


「うう…」と呻きながら体を動かすけど、起き上がる感じがなかった。さすがにこれはヤバいと思って、僕は110番通報してたのだった。そしたら他にも気付いた人がいたみたいで、倒れてた男の人に「大丈夫ですか!?」って声を掛けてた。


僕も玄関から外に出てベランダのある方に回った。その時にはもう何人も人が集まってて、倒れてる若い男の人に声を掛けてたりした。そのうちの一人は携帯で救急車を呼んでるみたいだった。


すると5分もしないうちにサイレンを鳴らしながらパトカーが来て、警官が二人、倒れてる人のところに駆けつけた。


「大丈夫ですか!?」


一人が倒れてる男の人に声を掛けて、もう一人が、「通報はどなたが?」と僕たちに向かって聞いてきた。僕が手をあげようとすると「私です!」と四十代くらいの作業服を着た人が声を上げた。そうか、他にも110番した人がいたんだ。


その人は、隣のレンタル物置に仕事用の荷物を取りに来た人らしくて、たまたま通りがかったところで男の人が二階から落ちるのをもろに見てしまったということだった。


その時、若い男の人が一人、「あのう…」と警官に声を掛けてきた。


「僕、彼の友人で、一緒にあの部屋にいたんです。それでちょっとケンカになってしまって。そしたら彼が急に窓から飛び出してしまったんです…」


そう言った若い男の人に、僕は見覚えがあった。うちの隣の部屋の人だ。僕が驚いてると、彼が一瞬、僕をちらりと見た気がした。でもそれきり何か言うでもなく、警官に事情を聞かれてた。そうしてる間に救急車が来て、倒れてた男の人はすぐに収容されて救急車は走り去ってしまったのだった。


警官に事情を聞かれてた、うちの隣の部屋の人は詳しい事情を聴きたいと言われてパトカーに乗せられてしまった。


一体、何が起こったんだろう?。さっぱり事情が分からないうちに、他にもパトカーが来て警官が増えて、僕たちも事情を聞かれたのだった。とは言っても、僕は物音がして覗いてみたら人が倒れてただけっていうことしか分からない。『さなこちゃん』って言葉が聞こえた気はしたけど今から思えば本当にそう言ってたのかどうかも自信が無くて、結局そのことは言わなかった。


しばらくそこは騒然としてたものの、一時間ほどしたら何か連絡を受けたみたいで警官も次々と帰っていったのだった。これといって捜査とかする感じでもなかったから、別にそんな大したことじゃなかったってことなのかな?。


しかし驚いた。沙奈子のことがあって僕たちもちょっとぞわぞわしてたところだから、本当に驚いた。


結局、その後はまるでそんなことなかったみたいに静かになった。ただ、二階の部屋のガラスが割れたっていうことで管理会社の担当の人と業者らしい人が外で話をしてるのが聞こえたりはしてた。


それも沙奈子が学校から帰ってくる頃には終わってて、あんな騒ぎなんかなかったみたいにいつもの静けさが戻ってた。


「ただいま」


沙奈子がそう言って、僕が「おかえり」って言って迎えた。彼女はすぐに宿題を始めて、ちょうどそれが終わった頃、僕は個人懇談に向かうために、学校に行くことにした。だから沙奈子に、


「一緒に学校に行く?」


って聞いたら「行く」って言うから、僕は彼女と一緒に学校へと向かった。何だか一人にしておくのが不安だったから一緒に来てもらえて良かったと思った。


『さなこちゃん』


あの騒ぎの最中に聞こえたその言葉が、また僕の頭に蘇ってきてた。警官が事情を聴いてた時にはそう聞こえた自信が無かったのに、今は気になって仕方なかった。それが沙奈子のことでないのを、祈るしかできなかった。


まったく。騒動っていうのは、起きない時には全く起きないのに、続く時には続くんだなと思ってしまったのだった。


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