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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百九十五 玲那編 「リスタート」

『愛してます』


絵里奈にそう言われた瞬間、僕は、心臓がドクンと強く鼓動を刻むのを感じていた。それも一瞬だけじゃなくて、ドキドキと胸が鳴るのが分かった。顔が熱くなって絵里奈のことを見ていられなかった。それは、僕が今まで感じたことのない感覚だった。


え…?。もしかしてこれって…?。


僕にだって、ちょっといいなって思える女性がいたことはある。ただそれは、世間で言われてるような『恋』っていうのとはかなり違ってる印象だった。その人のことばかり考えてしまうとか、いてもたってもいられなくなるとか、それほどの気持ちにまでなったことはなかった。だから僕は、たぶん、『恋』っていうものをしたことがないんだって思ってた。


別に、それを残念とかもったいないとか思ったことはない。何しろそこまでの気持ちにならないんだから、思いようもない。付き合ったことがなかったことを悔やんだこともない。異性と付き合ってる人を妬んだこともない。そもそも興味が無かった。この感覚って、自分では思春期になる前の子供のそれだって自己分析してた。


そう、僕はまだ、思春期っていうのを迎えてなかったんだと思う。


なのに、今、僕は絵里奈に対してドキドキしてる。まともに顔を見ることができない。これってやっぱりあれなのか?。僕は今、絵里奈のことを女性として意識してるってことなのか?。


だけど、ドキドキしてるのは僕だけじゃないみたいだった。狭い浴槽の中だからどうしても体が触れ合ってしまってて、そこから感じる絵里奈の鼓動も、僕と変わらないくらい早い気がした。何とか顔を見ようとしたら絵里奈も僕を見ようとしてたみたいで目が合ってしまって、二人とも慌てて目を逸らしてた。


まさか、このタイミングで…?。今…?。


何だかのぼせたような感じがしてきて、僕は、


「ごめん、のぼせてきたみたいだからあがる」


って言って湯船から出た。すると絵里奈も立ち上がって、手で自分の顔を扇ぎながら浴槽の淵に座るのが視界の隅に見えた。その姿にまたドキンって胸が鳴った。沙奈子や玲那に対しては感じたことの無いものだった。


ここに至って、僕はさすがに認めるしかないって思った。自分が、絵里奈のことを女性として意識し始めてるんだってことを。


これを思春期って言っていいのかどうかは分からない。だけど、異性を意識し始めるのが思春期に見られる特徴だっていうのなら、これはまさに思春期だっていう気がする。


けど、何だって言うんだ。よりにもよってこんな時に……。


僕は自分が情けなくなった。沙奈子や玲那が辛い時に、何を呑気なって、自分に対して腹が立つ感じがした。でも意識し始めてしまったものを無視することはできなかった。なるべく意識しないようにすることはできるかもしれないけど、無かったことにするのはできそうになかった。


ただ、ちょっと間をおいて深呼吸をして、冷静になるよう心掛けたら少し落ち着けてきた気はする。ざっと体を拭いてお風呂場から出ると、部屋の空気が少しひんやりしててのぼせた感じになってた体には気持ち良かった。


先に服を着始めてたところに絵里奈も出て来た。今度は、顔を見ることができた。絵里奈も、顔は赤くなってるけど目を逸らしたりはしなかった。良かった。少し落ち着けたみたいだ。今さら中学生とかの子みたいにドギマギしてられないもんな。それでも、絵里奈のことを意識してしまってるのは確かにあった。


そんなことを考えつつ部屋に視線を戻すと、沙奈子と玲那が僕たちを見てた。沙奈子は変わらず無表情な感じだったけど、玲那の目はそうじゃなかった。ちゃんと僕たちを見てた。意志の力を感じた。


「玲那…!?」


絵里奈が声を上げる。下着も着けないでそのまま玲那の前に膝をついて、顔を合わせた。その絵里奈に向かって、呟くように玲那が言った。


「ごめん…、絵里奈…。心配かけちゃった……」


その言葉を聞いて、僕も理解した。僕の知ってる玲那が帰ってきたことを。絵里奈がいつかはって言ってたけど、それがもう来たんだってことを。


良かった…、本当に良かった……。


困ったみたいに笑う玲那に抱きついて、絵里奈は泣いてた。裸のままで泣いてた。だから僕は、押入れから毛布を出してきて、彼女に掛けた。服を着ろって言うよりも、今はこうして泣きたいんだろうなって思ってそうした。


そんな絵里奈と玲那を、沙奈子は黙って見詰めてた。


しばらくして絵里奈も落ち着いて部屋着に着替えて、みんなでコタツに入った。沙奈子は僕の膝に座ってた。玲那が言った。


「なんだか、頭の中に霧がかかったみたいな感じで、うまく考えられなかったんだ。自分では分かってるつもりなんだけどそれがちゃんと浸透してこなくて…。だけど、さっき、お父さんと絵里奈が見つめ合ってるの見たら、何だか急に頭にきて」


…え?、頭にきて、って…?。


「ごめん、二人のことは祝福してるつもりだったけど、やっぱりちょっと妬けちゃった。そしたら何か急に頭の中がはっきりしてきて。それは良かったんだけど、そのきっかけがヤキモチだなんて、ちょっと複雑…」


頭を掻きながら苦笑いするその様子は、ほとんどもう元通りって気がした。どうしてそんな風になってしまったのかっていうのは少し気になるところだとしても、元に戻れたのならそんなに拘らなくてもいいか。


こうなれば、後は沙奈子だけだ。もしかしたら沙奈子も玲那みたいに何かうまく頭が働かなくて、心と体がちゃんと繋がってない状態なのかもしれない。もしそうだとしても、玲那が治ったみたいに、沙奈子も何らかのきっかけで元に戻る可能性もあると思う。たとえそうじゃなくても、この部屋に来てからのことをやり直せばきっと大丈夫だ。


慌てず、焦らず、ゆっくりとまたあの時間を繰り返せばいい。一度経験してるから、そんなに不安も感じないで済むと思う。


そして僕たちは、10時前にはみんなで横になったのだった。




月曜日の朝、先に起きた僕と絵里奈と玲那は、ちょっとだけど今後のことを話し合った。


沙奈子のことは、焦らない、急がない、無理をしない、僕たちのペースを押し付けないということを三人で確認した。無理に沙奈子を笑わせようとしたりするのも控える。僕がそうしてきたのと同じように、淡々と毎日を送って、沙奈子が自然に笑ってくれるようになるのを待つということを取り決めた。


静かに、穏やかに。ただ毎日を平穏に過ごす。それがあの子を守ることになるんだから。


「じゃあ、行ってくるからね。沙奈子も気を付けて学校行くんだよ」


やっぱり、行ってらっしゃいのキスは無かった。ただ黙って頷いてくれただけだった。でもこの感じ、僕はもう知ってる。沙奈子はちゃんと自分のすることを理解してる。任せておいて大丈夫だ。心配は要らない。


少し不安そうな絵里奈と玲那を促して、僕はただ、「行ってきます」と小さく手を振ったのだった。


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