百九十四 玲那編 「また、一緒にお風呂」
「達さん、一緒にお風呂に入りませんか?」
夕食が終わって玲那が先にお風呂に入って絵里奈が沙奈子の体を拭いてあげた後、突然、絵里奈がそう言った。少し驚いたけど、以前の玲那の時のことを思い出した。もしかしたらと思った。そしたらやっぱりその通りだった。
「ごめんなさい、沙奈子ちゃんの前では少し言いにくいことだったから、二人きりで話したかったんです」
二人で膝を抱えながら湯船に浸かり、何のことだろうと僕が少し身構えてると、絵里奈が少し目を伏せて語り出した。
「玲那のことです…」
僕はハッとなって改めて絵里奈を見た。
「彼女の様子がおかしいのは、達さんも気付いてますよね。あれはたぶん、玲那も昔の状態に戻ってしまってるんだと思います…。これは、私たちが出会った頃の話です。その頃の玲那は、今とは全然印象の違うコでした。無口で大人しくてぼうっとしてて、でも時々すごく怖い目で人を見る、正直言って印象の悪いコだったんです」
玲那が…?。ちょっと想像できない…。ああでも、うん。今の様子を見てたらそういうのがあったのかもしれないっていう気はする。
「玲那がどうしてそうなったのかは、やっぱり私からは話せません。でもその後のことなら、私にも分かることがあります。彼女とは同期入社だったんですけど、本当、最初はよくこれで採用されたなって思うくらいでした。だけど仕事は真面目にするし頭は決して悪くないし、他の人が嫌がるような仕事でも文句一つ言わないでやるコでした。ただその分、当時の職場では面倒なことは彼女に押し付けたらいいっていう感じができ始めてたんです」
……。
「私はそういうのがちょっと苦手で、だから彼女の仕事を手伝うようにしてました。そうしてるうちにだんだん彼女も少しずつ私に話しかけてくれるようになって、それである時、ショッピングに誘ったんです。それが、玲那と香保理の出会いでした」
香保理さん…。絵里奈と玲那の友達の、リストカッターの人…。
「そしたら、二人はすぐに意気投合しちゃって。元々、境遇が似てたっていうのもあったのかも知れません。同じような傷を抱えてるのが分かってしまったんでしょうね。香保理自身、一時は私とより玲那と一緒にいることの方が多かったくらいでした。私もそのことでちょっとヤキモチを妬いてしまったりして、香保理を困らせてしまったりして、そしたら香保理も『ごめんね』っ謝ってくれて、それからは本当に三人で一緒にいるようになりました」
そうなんだ…。みんなそれぞれ、いろんなことがあるんだな…。
「香保理と一緒にいる時の玲那は、すごく安心してるみたいで、ホッとしたような明るい表情をしてました。香保理はよく『大丈夫、大丈夫。私が傍にいるよ』と言って玲那を抱き締めてました。そのおかげか、普段から穏やかな表情ができるようになってきて、一年くらいしたらすっかり明るくなってました。香保理が、玲那を変えてしまったんですね」
香保理さんが玲那を変えたんだ…。へえ、と思った。だけどそのすぐ後で…。
「ただ…」と言葉に出した時、ふっと絵里奈の表情が曇った。それで僕もピンときた。だからつい、
「香保理さんの、事故…?」
って口に出てしまった。絵里奈は黙って頷いた。それと同時に、ポロって涙がこぼれた。
「香保理のことがあった時、私、わけが分からなくなってしまって、本当に無茶苦茶でした。だから、きっと玲那も辛かったはずなのに私が先におかしくなってしまったからか、彼女は逆に冷静になってしまったみたいで…。彼女はずっと私の傍にいてくれて、慰めてくれて、それでつい…、私、彼女のことを求めてしまって…」
そこまで言った時、ハッとした顔になって絵里奈は急に耳まで真っ赤になってしまったのだった。
「え、と、まあその辺は置いといて、でもそのおかげで私も落ち着いて、玲那の提案もあって香保理に似せたメイクを二人でするようになって、志緒里のことも迎えてまた三人で一緒にいるみたいになれて、何とか持ち堪えることができたんです。…って、なんだか私の話になっちゃってますね」
そう言って苦笑いした絵里奈は、「とにかく!」って声を出して僕を見た。
「とにかく玲那もきっとまた達さんの知ってる玲那に戻ります。だから達さんも待っててあげてほしいんです。彼女がまた笑えるようになるまで…!」
そんな絵里奈に、僕は、ふっと顔がほころぶのを感じた。
「もちろん、待つよ。いつまででも。沙奈子のことも待てたんだ。玲那のことだって待てるよ。絵里奈と一緒だよ」
僕がそう言うと、絵里奈はもう、くしゃくしゃの顔になってた。涙がポロポロと止まらなくて、そのまま僕の唇に自分の唇を重ねてきた。
「達さん…、達さん…!。大好きです!、愛してます!、私、あなたと出会えて本当に良かった…!」




