千九百三十三 玲緒奈編 「絵に描いた餅じゃん」
十月十二日。火曜日。曇り。
千早ちゃんは言う。
「何かさあ。『年収八百万未満は社会のお荷物』とか言ってるのがいるらしいんだけどさあ、うち、お姉ちゃん二人の年収なんて、時給九百五十円×八時間×二十二日×十二ヶ月で、二百万ちょいだよ?。二人合わせても四百万ちょい。お母さんはさすがにベテラン看護師だから四百万以上いってても、家族合わせてやっと八百万だよ。『家を出て自立しろ』とか言ってる奴もいるけど、お姉ちゃんらが出てってバラバラになったらそれこそお荷物じゃん。年収二百万からそれぞれ家賃とか出してたらただの無駄じゃん。同じ家に住んでるから家賃も一軒分で済んでるんだよ?。そんな計算もできないのかよ。『こどおじ』とか『こどおば』とか言ってる奴らはよ。
たしかにさ。うちはホントに分かりやすい『底辺』だよ。でもさ、底辺でも真面目に働いてんだよ?。お姉ちゃんもお母さんも。それで年収八百万いかないってんなら、真面目に働いてる従業員に年収八百万出せなくて社会のお荷物を作ってるってんなら、そんな会社とか病院とかこそが『社会のお荷物』なんじゃねーのかよ?って思う。社会のお荷物作ってるのが分かってて年収八百万以上出さないんだぜ?。おかしいじゃん。
でもさ、私だって、将来ケーキ屋やって、年収八百万行けるか?って言われたら、正直、自信ないよ。年収八百万確保できるような値段でケーキを売れる自信ない。てか、年収八百万確保できるような値段設定のケーキを買ってくれるか?ってんだよ。個人経営の小さなケーキ屋じゃ、薄利多売しようとしても限度があるだろ。
年収八百万確保するための値段設定したら買ってくれない。なのに『年収八百万未満は社会のお荷物』とか言う。じゃあどうしろってんだよ。『真面目に働いても年収八百万稼げない社会』ってのがそもそもおかしいじゃん。『真面目に働くだけで年収八百万』なんて絵に描いた餅じゃん。
私も、ピカ姉ぇと、ケーキ屋の経営についていろいろ勉強して思い知ったんだよ。夢だけじゃ好きだけじゃ食ってけないって。学校じゃそんなこと教えてくれないけどな」
それに対して大希くんも応える。
「確かに、うちだってお父さんの仕事だけじゃ、『食べるのには困らない程度』ってのが実際らしいんだよね。お姉ちゃんが『SANA』の仕事し始めてからはちょっとだけ増えたけど、それだってお姉ちゃんの大学の学費でほとんど消えてるからあんまり意味ないし。正直、僕も高校なんか行ってていいのかなって思う時がある」
三階でそんな風に話し合ってるのを、ウォール・リビング内を伝い歩きしてる玲緒奈を見守りながら聞いてるだけでも、みんなすごく真面目に考えてるんだなって感じるよ。




