千九百十七 玲緒奈編 「ぼあっ!。ぶああっ!?」
九月二十六日。日曜日。雨。
今日は田上さんの誕生日。そして玲緒奈の誕生日でありつつ、同時に、香保理さんの命日でもある。
毎日毎日が、どこかの誰かの誕生日で、そして命日でもある。一年はたった三百六十五日しかない。だから毎日必ず誰かの誕生日で、命日のはずなんだ。
だから玲那と絵里奈は、朝からタクシーで香保理さんのお墓参りに行ってる。ちょうど日曜日だしね。そして帰ってきたら、田上と玲緒奈の誕生日パーティーを同時に開く。そのための準備を、千早ちゃん主導で行ってる。玲緒奈はまだケーキは食べられないけど、田上さんには振る舞いたかったからね。波多野さんの時も、作って部屋まで届けたそうだ。まあそれ自体は、結局、鷲崎さんと喜緑さんにも振る舞われたって。
昼前、去年の命日にはさすがに行けなかったから二年ぶりのお墓参りに行って帰ってきた絵里奈と玲那を迎えると、なんだかホッとしたような表情をしてた。玲緒奈の誕生の報告ができて安心したんだろうな。
香保理さんも、実の父親からの虐待と、虐待を知りながら何もしなかった母親からの事実上のネグレクトに、心も体も人生も滅茶苦茶にされた人だった。僕は、沙奈子に対してさえそんな気にならなかったのに、どうして実の子にそんなことができるのか、意味が分からない。『親』というものが決して素晴らしいだけのものじゃないのがすごく分かる。親の行いが、大人になってからでさえ強く残ってしまうことの証拠でもあると感じる。
香保理さんの場合も、『自傷行為がやめられない』という形で残ってしまって、結果、それが基で命を落とした。亡くなった直接の原因は飲酒の影響もあった『事故』かもしれないけれど、そもそも自傷行為がなければその事故も起こらなかったのも事実だと思う。
『大人になってまでなんでリストカットくらいやめられなかったんだよ!?。やめる努力をしろよ!!』
無関係で無責任な人はそんなことを言うだろうし、実際に香保理さんの事故のことが報じられた時にはそういうコメントがネット上にもあったそうだ。
だけど、香保理さんはちゃんと『努力』してきた。自傷行為そのものを極力抑えるために心療内科にも通い、カウンセリングも受けてたって。だけどそれでも完全に抑えきれるものじゃなかった。香保理さんだけじゃなく、絵里奈も玲那も、香保理さんの『気持ち』を受け止める努力はしてきたんだ。だけどそれでも、そこまでやっても、『事故』は起こってしまう。
『努力』という言葉を金科玉条のように祀り上げる人たちには決して理解できないだろうな……
それでも、ううん、それだからこそ、玲緒奈や田上さんの誕生日を祝いたい。僕たちが生きていられる、生まれたこれたことを、祝いたいんだ。
おめでとう、玲緒奈……。
ありがとう、僕たちのところに来てくれて……。
絵里奈が作った赤ちゃん用のゼリー風デザート(小さく切った桃を水溶き片栗粉でとろみをつけてカップに入れたもの)をバースデイケーキ代わりに用意すると、
「ぼあっ!。ぶああっ!?」
それを見ながらなんだか興奮してる玲緒奈の様子に、僕たちは顔が緩みっぱなしだったのだった。




