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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百九十一 玲那編 「血まみれ」

沙奈子が…?。沙奈子がどうしたって…!?。


だけど、その時は何が起こったのか結局よく分からなかった。救急車が駆け付けて、ストレッチャーに寝かされた沙奈子が救急車に乗せられた時、彼女の左腕にタオルか何かが巻かれてて、それが真っ赤になってるのが見えた。


血…!?。


血だった。しかも結構な出血だった。何だ?、いったい何があったんだ!?。頭が混乱する僕に、塚崎つかざきさんが声を掛けた。


「山下さん、私も一緒に行きます。まずは沙奈子さんのことを」


そう促されて、どうにか救急車に乗り込んだ。乗り込む時、視界の隅に絵里奈と玲那の姿が見えた。児童相談所の玄関近くから、僕たちの方を呆然とした様子で見てた。


病院に向かう途中、ストレッチャーに寝かされていた沙奈子は、意識ははっきりしてた。だけど何か混乱してるみたいで僕を見ながらポロポロと涙を流しながら「お父さん、お父さん…」って何度も呼ぶだけだった。僕も、そんな沙奈子の右手を掴んで「大丈夫、もう大丈夫だからね」と声を掛けるしかできないでいた。


病院に着くと、救急処置室で処置が行われた。タオルが外された沙奈子の左手を見ると、肘から先がそれこそ血まみれだった。でも幸い、出血はもうほとんど止まりかけてるってことで、レントゲンを撮ったりした後、骨には異常はないのが確認されてそのまま血管の修復と傷口を縫う手術が行われた。


それ自体は一時間ほどの手術だということだったから、僕は手術室の外で塚崎さんと一緒に待つことになった。すると塚崎さんが僕の前に立ち、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。今度のことは私たちにすべての責任があります。私がもっとしっかりしていれば…」


塚崎さんはそう言ったけれど、僕には塚崎さんに責任があるとは思えなかった。ううん。それどころか塚崎さんがいなかったら、それこそ今頃どうなっていたか……。


「今日、たまたま、資料を見るために児童相談所に立ち寄ったんです。そうしたら山下さんと沙奈子ちゃんが来ているということで、どういうことかと聞けば、山下さんが沙奈子ちゃんに虐待を加えてる疑いがあると…。そういう通報があったとはいえ、良く調べないうちにこういう強引なことをしてしまったのは、やはり私たちの対応の問題です。本当に申し訳ございません」


塚崎さんにそう頭を下げられて、僕はすっかりそれまでの怒りとかそういうのが消えうせてしまってるのを感じてた。ちゃんとわかってくれてる人がいたことで、僕は救われた気持ちになれてた。だから、


「いいえ、僕の方こそ塚崎さんのおかげで本当に助かりました。逆に、塚崎さんが沙奈子のことを分かっててくれたから、これくらいで済んだんだと思います。ありがとうございます」


これくらいで…。本当にこれくらいで、だった。沙奈子がこんなことになったのは許せない。だけど、あのままだったらもっと大変なことになってたかもしれない。それが僕は怖かった。もしそうなってたら、僕はここにいることさえできなかったかも知れない。


「山下さん…、私の方こそあなたには感謝しかありません。沙奈子ちゃんを引き取ってくれたのがあなたで本当に良かった…」


そう言って僕を見る塚崎さんの目に、涙が溢れそうになっていた。




沙奈子の傷は、結局、痕が残るかもしれない程のものになった。傷付いた血管はどれも静脈だったから命にかかわるくらいのものじゃなかったけど、出血自体はやっぱり結構なものだったらしい。


何があったのかと言えば、起こったこと自体は単純なことだ。沙奈子が、ボールペンで自分の左腕を何度も突き刺したっていうことだった。それも、信じられないくらい強い力で。気付いて止めさせようとした職員の女の人の力じゃ抑えるのがやっとだったって。しかもその時の沙奈子の様子は、まるで獣のように呻き声をあげながら瞬き一つせずに自分の腕を刺し続けたらしい。


後で、何日かして落ち着いてから沙奈子にどうしてそんなことをしたのか聞いたら、


「ケガしたら、おうちに帰れると思った…」


っていうことだった。僕たちの家に帰るために、沙奈子は自分の体を傷付けたんだ。その話を聞いて僕は、沙奈子の中にある闇の大きさを改めて感じたのだった。小学4年生の女の子が、自分の腕をボールペンで手加減なく突くことができるくらい、この子の闇も深くて大きなものだったんだってことを思い知らされてた。


児童相談所の車で一旦、児童相談所まで戻った僕と沙奈子を、絵里奈と玲那が出迎えてくれた。包帯でぐるぐる巻きになった左腕を吊ってた沙奈子の姿を見た途端、絵里奈がへなへなとその場に座り込みそうになった。それを玲那が辛うじて支えてた。


僕たちのことが心配でいてもたってもいられなくて児童相談所まで押しかけたけどやっぱり親族じゃない人は立ち会えないってことで門前払いにされてたところに、沙奈子を運ぶための救急車が来たということだった。


今回のことは塚崎さんがすべての責任を負うからということで、僕たちは家に帰ることになった。家まではそんなに遠くないけど雨も強いし沙奈子が怪我をしてるからということでタクシーを呼んだ。児童相談所の車で送ってもらうことも考えたけど、正直、もう関わりたくなかった。塚崎さんがいなかったら、思いっきり罵倒していたかも知れない。モンスターなんとかと言われたって構わないっていう気さえしてた。


だけど、沙奈子の前でそんなことはしたくなかった。そんな醜い大人の姿を見せたくなかった。だから僕も絵里奈も玲那も沙奈子のことだけを見て、他のことは考えないようにした。


ようやく家に戻ってくると、何だかんだで昼食を食べてないことに気付いてお腹が減ってきたから、絵里奈が急いで買い置きの冷凍チャーハンとベーコンで夕食を用意してくれた。怪我をしてる沙奈子は今日はさすがに手伝えなかったから、僕が手伝った。


チャーハンを用意してる間、絵里奈は泣いてた。泣きながらチャーハンを炒めてた。僕はそんな絵里奈の背中をさするくらいしかできなかった。


みんなでチャーハンを食べてちょっと落ち着いてから、順番にお風呂に入った。沙奈子は今日はお風呂に入れないから、絵里奈が体を拭いてあげてた。沙奈子の前ではなるべく泣かないようにしてた絵里奈だったけど、お風呂の中では泣いてたみたいだった。


玲那は逆にどこか上の空な感じで、ほとんど表情がなかった。いつもの玲那の姿はどこにもなかった。それでも何とか沙奈子の前では笑おうとしてるみたいだったけど、明らかに無理してるのが分かってしまった。


僕もお風呂に入って少しだけホッとした気がしてたところに、絵里奈が自分のバッグから紙を取り出してコタツの上に広げた。


いたるさん。結婚しましょう」


それは、婚姻届けだった。『妻になる人』の欄にはすでに絵里奈の名前が書かれてて、証人のところには玲那の名前が書かれてたのだった。


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