千九百五 玲緒奈編 「親ガチャって言葉」
九月十四日。火曜日。雨。
今日から三日間、沙奈子が通う学校で総括テストがあって、給食はない。でも、それはあらかじめ分かってることだから何も問題じゃない。勉強も普段からやれてるから何も心配してない。
その一方で、
「最近、『親ガチャ』って言葉がますます取り沙汰されてるみたいですね。主に批判的な意味で」
僕が玲緒奈に離乳食を食べさせてあげてる時、玲緒奈を膝に抱いた絵里奈がそう切り出した。
「そうだね……」
応えつつ、僕は少し悲しくなった。僕自身は、『親ガチャ』という言葉に対しては、いい印象は持ってないけど、だからって強く否定する必要はないと思ってる。
だって、沙奈子や玲那や玲緒奈の『親』である僕自身が、その言葉のおかげで自分を律しなきゃってより一層思えるようになったんだから。
『親からの遺伝だけで何もかも決まるとでも思ってんのか!?』
と、『親ガチャ』って言葉を批判する人もいるみたいだけど、それはおかしいよね。だって、僕と沙奈子は、血縁こそあれ親子じゃないから。親ガチャという言葉を使う人がみんな『親からの遺伝だけで何もかも決まるとでも思ってる』のなら、血の繋がらない親子関係には当てはまらないよね?。
だけど現に、血の繋がらない親に虐げられて苦しい人生を送ってた人はいる。沙奈子や結人くんの場合は、厳密には『親』じゃなかったかもしれないけど、実の親もそうだし、親と交際してる大人から虐げられてきた。これが沙奈子や結人くんに影響を与えてないと本当に思うの?。
だからこそ僕は、今、沙奈子の親として、その影響について何とかしなきゃと思ってる。結人くんについては、鷲崎さんと喜緑さんが努力してくれてる。
これは、沙奈子や結人くんがしてる『努力』なの?。二人が自分の人生のために努力しようとしているなら、ちゃんと努力できる環境を僕たちは整えなきゃいけないと思ってるけど、それは沙奈子や結人くん自身の努力であって、僕たちの努力じゃないってこと?。そんなことを言われたら、正直、いい気はしないな。
世の中には、実の親じゃない親から虐げられたことで人生が滅茶苦茶になったっていう人もいると思うんだけどな。そういう人が『親ガチャ』って言葉を使ったら、『親からの遺伝だけで何もかも決まってしまう』という意味で使うのかな?。それはおかしいよね?。
絵里奈は続ける。
「私は、『親ガチャ』という言葉を、私自身が親としてどうあるべきかを考える時に使いたいと思うんです。沙奈子ちゃんや玲緒奈にとっての『外れの親』にならないためにはどうすればいいのかって。特に沙奈子ちゃんと私は血が繋がってません。私の遺伝子は沙奈子ちゃんになんの影響も与えてない。これは、『親からの遺伝だけで何もかも決まるわけじゃない』という証明であると同時に、『親ガチャという言葉を使ってる人がみんな親からの遺伝で決まってしまうと考えてるわけじゃない』という証拠にもなるんじゃないでしょうか」
僕も絵里奈も、あくまで沙奈子や玲緒奈にとって『外れの親』にならないように気を付けなくちゃという意味で『親ガチャ』という言葉が生まれてしまった現実と向き合わなきゃいけないと思ってるんだ。




