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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百九十 玲那編 「噴き上がる激情」

「じゃあ、私たちも一緒に行きます」


絵里奈がキッと睨み付けるようにして言った。だけど、来支間きしまさんはそんな絵里奈に蔑むような視線を向けて言い放つ。


「あなたたちは、沙奈子さんの親族じゃないんですよね?。じゃあ、関係ありませんので立ち会う権利もありません。どうぞお引き取りください」


『親族じゃない』。その言葉に、絵里奈も言葉を詰まらせた。それでも彼女は食い下がった。


「今はまだ確かにそうですけど、私、いたるさんと結婚を前提にお付き合いさせていただいてます!、だから関係者のはずです!」


なのに、来支間さんはただ面倒臭そうな顔をしただけだった。


「では、お付き合いを始めて何年になりますか?」


その問いに、絵里奈が、


「…!。一ヶ月ちょっと…、です」


と応えると、今度はせせら笑う感じの表情になった。


「それではとても関係者とは言えませんね。内縁関係として認められるにも短すぎます。性的虐待があったという疑いが強まれば刑事告訴もありますから、その時にはあなたも事情を聴かれるでしょう。それまで大人しく待っていてください」


刑事告訴…。だって…?。


来支間さんの言葉に、絵里奈の体がわなわなと震えだす。そんな彼女のことも心配だったけど、僕はそれ以上に玲那の様子がおかしいことに気が付いていた。


玲那は、さっきから一言も口をきこうとしなかった。むしろこういう時は真っ先に噛み付きそうな子だと思ってたのに、噛み付くどころか体が固まったみたいに黙り込んで、息をしてるのかも分からないくらいに、本当に石膏像のように真っ白な顔になってしまっていた。


だから僕は来支間さんに言ったんだ。


「分かりました。それでは僕が行きます」


それから絵里奈に向き直って、目に涙をいっぱいに溜めて怒った顔になってる彼女に向かってなるべく穏やかな感じになるように努めて声を掛けた。


「心配してくれてありがとう、大丈夫。ちゃんと説明したら分かってもらえると思うから。それより玲那のことを頼む」


僕にそう言われてやっと絵里奈も気付いたみたいに玲那を見た。あ…!、って顔をして玲那を抱き寄せた。背中をさすりながら小さく「大丈夫、大丈夫だよ…」って声を掛けてた。


そんな二人を残して僕は、来支間さん達が乗ってきた自動車に乗り込んだ。そこにはあの女性と一緒に沙奈子もすでに乗ってた。散歩に行くとか言って、実際にはこの自動車に乗って待ってたんだろうなって思った。でも、僕と沙奈子の間に女性が座る形になって、沙奈子の手を握ってあげることもできなかった。


そうして、僕と沙奈子は、強い雨が降りしきる中、来支間さんが運転する車で、児童相談所へと行ったのだった。




児童相談所では、僕と沙奈子は別々の部屋に入れられた。それはまるで、警察での取り調べのようにも思えた。沙奈子の普段の様子とか、僕が沙奈子のことをどういう風に見てるのかっていうのをしつこく何度も聞かれた。僕はそれに根気強くありのままを答えた。


まるで心のない人形のようだったあの子が、絵里奈と玲那のおかげで普通の子供みたいに笑うようになってくれたこと、最初は迷惑だと感じてたけど、僕にとっても今では本当の娘のように思っていることを、正直に答えた。だけど、来支間さんとその上司の人らしい男の人は、明らかに疑いの目で僕を見てた。


たぶん、この二人にとっては、本当のことがどうかなんて興味ないんじゃないかって気がした。とにかく僕が沙奈子を性的な目で見てて自分の欲求を満たす為に洗脳してるんだという話にしたいんじゃないかなと思った。でも僕はそんなことはどうでもよかった。どうでもいいと思おうとした。それよりも沙奈子が今、どんな気持ちでいるのかってことが心配で、ただもうとにかく誤魔化したりしないで僕たちの普段の様子をそのまま話した。


その時、僕はふと、塚崎つかざきさんのことを思い出した。塚崎さんは、わざわざ僕たちの家まで来て沙奈子の様子を見て安心できたと言ってくれてた。その塚崎さんなら、分かってくれるかもしれないと思った。そうだ。本来なら塚崎さんが沙奈子の担当のはずなんだよ。それがどうしてここにいないんだ?。


「塚崎さん、塚崎さんはどこですか?。沙奈子のことは塚崎さんが良く知ってるはずです!。塚崎さんと話しをさせてください!」


僕がそう言うと、上司らしい男の人が面倒臭そうに応えた。


「塚崎は、いま、他の児童相談所に応援に出てます。来年の3月いっぱいまでは戻りません。大丈夫です。引き継ぎはしてますから」


その、いかにもお役所的な態度に、僕は自分の奥深いところから怒りが込み上がってくるのを感じていた。引き継ぎだって?。沙奈子のことを何も理解してないくせに何を引き継いだって言うんだ…?。


それを意識してしまった途端に、ぎりぎりとものすごい力で中から僕を締め上げるような力が溢れてくる。それと同時に、普段は一切、意識しないようにしてた感情が、思考が、その力に押し上げられるみたいにして頭をもたげてくるのも感じた。


こいつら……、殺してやろうか……!?。


僕と沙奈子の関係を邪推して、絵里奈や玲那まで蔑むこんなクズ、生きてても仕方ないだろ…!!。


めりめりと僕の中でそれが大きく強く恐ろしい勢いで形になっていく。


…でも…、それでも……。


目の前にあったボールペンを掴んで、絵里奈や玲那を愚弄した視線を向けた来支間の目を抉ってやろうと手を動かしかけた瞬間、僕の頭によぎるものがあった。


それは、沙奈子だった。泣きそうな目で僕を見る沙奈子の顔だった。


そうだ…。ダメだ。こんなのは違う。僕がそんなことをして沙奈子が幸せになるわけないじゃないか。そんなことをしたらそれこそ一緒にいられなくなる。こんなこと、沙奈子を泣かせるだけだ。絶対に沙奈子のためにならない…!。


僕がそうやって辛うじて自分を抑えた時、突然、部屋のドアが開かれた。


「山下さん!」


そう僕の名を呼んだのは、僕の知ってる人だった。人の良さそうな優し気な少しふっくらとした感じの中年の女性だった。


「塚崎さん…」


思わず僕は呟いていた。そう、それは塚崎さんだった。


「塚崎さん、どうして?」


驚いたようにそう言った来支間さんに対し、塚崎さんの叱責が飛んだ。


「来支間くん!、あなたは何も分かってない!。私は言ったはずです!。子供の目を見てくださいと!。虐待を受けてるお子さんは、目を見れば分かります!。あなたは沙奈子ちゃんの目をしっかりと見たのですか!?」


僕が知ってる優しそうな様子とは全く違う厳しい顔をした塚崎さんの言葉に、来支間さんが目を逸らし口ごもった。


その時、誰かが慌てて廊下を走ってくる気配がした。そして、沙奈子と一緒にいたはずの女性が、塚崎さんの後ろに現れ、青白い顔で喚くように声を上げた。


「大変です!、山下沙奈子さんが、沙奈子さんが…!!」


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