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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百八十九 玲那編 「師走の嵐」

ここからのことは、正直、僕もあまり話したくないことが続く。だから、温かいだけの話がいいのなら、ここから先は止めておいた方がいいと思う。


ただ、僕たちがこんなに手間をかけて育んだものがあったからこそ、ここからのことに立ち向かえたんだっていうのは、間違いないと思ってる。


他人が言う正義とか善とか、そんなものは信じられなくても、僕たちは、僕たちのことを信じる。信じることができたから、あの結末を受け入れることができた。


だから、誰も欠けることがなく、誰も見捨てることをせずに済んだんだ。


僕たちは、僕たちの家族を見捨てたりしない。


たとえそれが、世間が言う正義とか善とかに反することであったとしてもだ……。




**注意**


ここから先の話もすべてフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。話の中で出てくる条例や規定も、たとえ現実のものと一致する場合があったとしても、あくまで物語中の架空のものとしてご覧ください。












月曜日。もうすっかりそれが『いつも』ってことになった週の始まり。また金曜日までは二人きりだけど、ちょっとの我慢だ。


火曜日、水曜日、木曜日と過ぎて、金曜日。絵里奈と玲那が帰ってきた。やっとみんなが揃った。みんなで一緒に寝ると、温かだった。この温かさがずっと続くんだと、これが当たり前なんだと、僕がただ、僕たちがただ真面目に働いてお互いを大切にさえしていればそれがずっと続くんだと、僕はいつしか思い込んでたみたいだった。


だけどそれは、突然、何の前触れもなくやってきたんだ…。




土曜日の朝。その日は昨夜からの雨が続いてて、なんだかすごく暗い日だった。それでも僕たちには関係なくて、絵里奈の朝ご飯をみんなで食べて掃除して洗濯してって、いつも通り楽しくやれていた。買い物だって、たとえ雨でもみんなで一緒に行けばきっと楽しい。


けれど、沙奈子の午前の勉強をしてた時、急に玄関のチャイムが鳴らされた。来週分の冷凍お惣菜はもう受け取った。どうせまた勧誘かセールスだろうと思ってドアスコープを見ると、どこかで見たことのある男の人が立っていた。でもどこで見たのか思い出せずに、少しだけドアを開けて顔をのぞかせると、その、真面目そうなんだけど融通の利かなさそうな、いかにもお役所の人って感じの男の人は、首に下げた名札を見せながら名乗ってきた。


「お休みのところ申し訳ありません。児童相談所の相談員の来支間きしまと申します。実は、沙奈子さんのことでお話が…」


そう言われてハッと思い出した。そうだこの人、沙奈子のことでお世話になった児童相談所の塚崎つかざきさんと一緒にいた人だ。いったい何の用だろうと思って上がってもらった。絵里奈と玲那も困惑した感じで改まって座ってた。すると来支間さんは、一緒に来た、絵里奈や玲那と同年代くらいの女の人に目配せをした。そしたらその女の人は沙奈子に向かって、


「沙奈子ちゃん、お父さんはちょっと大事なお話があるから、お姉さんと一緒にちょっとお散歩行きましょう」


って言った。でも沙奈子がそんなことを喜ぶはずもなくて、不安そうに僕を見た。ただ僕も、その時の雰囲気からすると沙奈子の前ではしにくい話なんだろうなっていうのは分かって、つい、


「ごめん、そのお姉さんと一緒にちょっとお散歩行っててくれるかな。大丈夫。お話の間だけだから」


なんて言ってしまったんだ。けれど、僕にそう言われた時の沙奈子の顔を、僕は一生、忘れることが出来ないかも知れない。悲しそうな、泣きそうな、そんなの見たことはないけど、もし人買いっていうのがいたとして、それにつれていかれる時の子供っていうのはこういう顔をするのかもしれないって感じの表情だったと思った。


僕に助けを求めるような目を向けたまま女の人に連れられて沙奈子が出て行った後、来支間さんは僕を見た。何だか睨み付けるような感じの目だと感じた。そして来支間さんの口から出た言葉は、僕には予想すらできないものだった。


「実は、児童相談所の方に、通報がありまして…。山下さん、あなたが沙奈子さんに対して虐待を行っているという通報です」


……え?。


一瞬、何を言われたのか理解できなかった。しばらくしてやっとその意味が入ってきても、僕は呆然としてしまっただけだった。そんな僕の代わりに、絵里奈が身を乗り出すようにして言った。


「そんな!?、山下さんはそんなことしません!。してません!」


だけど、その絵里奈に対して向けた来支間さんの目は、すごく冷たくてどこか見下しているようなものに見えた。


「あなたは?。山下さんとお付き合いをされてる方ですか?」


その質問も冷たい感じだった。でも絵里奈もそんな来支間さんに負けじと目に力を込めて応えた。


「ええ、そうです」


はっきりと、宣言するようにそう言って背筋を伸ばした。それは、初めて見るかもしれない、絵里奈の厳しくて強い姿だった。なのにそんな絵里奈を受け流すみたいにして来支間さんはさらに聞いてきた。


「じゃあ、そちらの女性は?」


そう言って玲那を見た目は、さらに冷たい、いや、絵里奈を見た時以上に間違いなく見下すような視線だと感じた。


「彼女は私の友人で…」


絵里奈がそう言いかけた時、来支間さんは確かに、「ふっ」と鼻で笑った。それは完全に嘲笑だと思った。玲那の顔がまるで石膏の像みたいに血の気を失って見えた。


「そうですか…。でも、こうやって女性を何人も部屋に上げているというのは、教育上、あまり好ましい環境とは言えない気がします」


…なんだよそれ?。どういう意味だよ…!?。そう思ったのに、それは僕の口からは出て行かなかった。そういう風に言ったら余計にマズいことになる気がして、鍵がかかってるみたいに声にならなかった。そんな僕に、来支間さんは突きつけるように言ったのだった。


「はっきり申し上げます。山下さん。あなたは沙奈子さんに対して性的虐待を行っているという疑いがあるんです」


…!?、性…的……!?。性的虐待…!?。僕が…?、沙奈子に…!?。


さすがにそれには、「…はあ!?」と声が漏れてしまった。そんな僕に、来支間さんが畳みかけるように言う。


「あなたは、沙奈子さんと一緒にお風呂に入っていますね?」


それは…、最近は少なくなったけど、確かに今でも入ることはある。だから、


「…はい」


と応えてしまった。すると来支間さんは勝ち誇ったみたいにニヤアッと笑った。ものすごく嫌な笑い方だと思った。


「やはり。それが性的虐待に当たる可能性があるということなんです」


……!!。


僕たちは、何も言えなかった。何も言えない僕たちに向かって、来支間さんは勝ち誇ったような顔をしたまま言った。


「府の条例では、銭湯などで異性のお子さんを連れて入浴できるのは、そのお子さんが六歳になるまでとなっています。これに基づいて、それ以上の年齢のお子さんが異性と一緒にお風呂に入るのは、性的虐待に当たる可能性がある案件として注視すべきと、当児童相談所では規定しています」


…そんな……。確かにそっちの規定ではそうなってるかも知れないけど、僕は…!。


もう我慢できないと反論しようとした僕に対して来支間さんが投げかけた言葉は、だけどもっと信じられないものだった。


「しかも、それだけじゃありません。ちょうど関係者である女性も一緒にいらっしゃるということなので、この際ですからはっきりと申し上げましょう。あなた方は、沙奈子さんの前で性行為をしているという証言もあるんです。これは、明確な性的虐待に当たります」


……!?。


「…な、あ…っ!?」


あまりのことに言葉が喉に引っかかってしまった僕の横で、絵里奈が吼えるみたいにして声を上げた。


「な、なんですかそれ!?、そんなの嘘です!。私たち、そんなことしてません!!」


その絵里奈に向かって手の平を向けつつ顔を背け、来支間さんは聞く耳を持たないって態度を見せた上で、切り捨てるように言ったのだった。


「とにかく、詳しいお話を聞かせていただきたいので、一緒に児童相談所まで来ていただけますか」



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