千八百八十七 玲緒奈編 「それを考慮できる人で」
八月二十七日。金曜日。晴れ。
今日もすごく暑い。
イチコさんは、こうも言ってた。
「私も大希も、ホント、お父さんにはさんざん迷惑掛けた。おしっこもウンチも漏らしまくったし、ゲロだって何度も吐いた。しかも私は小さい頃、一度熱を出すと治るのに一週間くらいかかってたりしたって。さらに私の場合は、中学の二年までおねしょが治らなかったからね。病院にも何度も通ったし検査もしたし、でも治らなかった。だからお父さんは、『いつか自然と治ると思う。治らなくたって別に構わない。そういうことを理解してくれない相手とは付き合わなくていいし結婚もしなくていい』って言ってくれたんだ。それで開き直って寝る時はおむつ穿いてた。昼間も四歳くらいまでは家ではずっとおむつだったみたい。
でも、昼間は三歳くらいにはもうほとんど大丈夫だったんだよ。たま~に失敗するくらいで。でも、なぜかおねしょだけはダメだった。大希は四年生になる前には治ったんだけどね。なのに私はダメだったんだよ。だから沙奈子ちゃんも同じだって聞いた時には、ごめん、ちょっとホッとした。他にもホントにいるんだって思って。話には他にもいるって聞いてたけど、実際身近でっていうのはさ。
それを思ったら外で失敗する子もそりゃいるよね。だから私は、外でそういう失敗する子に遭遇しても怒ったり焦ったりしないでおこうと思ってる。私がそんなだったんだもん。それで偉そうに言うのっておかしいよね」
って。彼女の言うことは僕にとってももっともだし、救いになってる。イチコさんのことを山仁さんから聞いてたから、沙奈子のおねしょが治らなくても焦らないでおこうと思えた。イチコさんと同じで、いつか自然に治ると思えた。イチコさん自身も、中学二年になった頃に本当に自然と治ったって。『大人になっても治らなくても構わない』って開き直れたら本当に気持ちが楽になったよ。
この世には本当にいろんな事情を抱えた人がいる。それを誰にも相談できないでいる人もいると思う。だけど、今の世の中は、『恋愛も別にしなくていい』『結婚も別にしなくていい』っていうことなら、そういう『他の誰かには話せない事情』だって、そんなに深刻にならなくてもいいと思うんだ。
沙奈子が通ってた学校も、修学旅行の時に沙奈子以外にもおむつを穿いて寝てた子がいて、学校側もそれに配慮してくれた。中学も実はそうらしい。そういう学校も今はある。そうじゃない学校ももちろんあるだろうけど、生徒それぞれの事情に配慮してくれる学校も現にあるんだ。
自分以外の誰かの『事情』を考慮できない人は、自分が抱える『事情』だって他者に考慮してもらえないと思う。だけど少なくとも僕たちは、それを考慮できる人でいたいと思うよ。僕たち家族のためにね。




