千八百八十三 玲緒奈編 「手間や時間を買う」
八月二十三日。月曜日。晴れ時々雨。
今日は、沙奈子の学校の夏休み最終日。だけどいつもの通り課題はすでに終わってるし、何も心配はしていない。心配があるとすれば、『新型コロナウイルス感染症』のことだけだ。
僕が務めてる会社からも、社員の家族に罹患した人が出て、二週間、経過を見るために自宅待機することになった人がいたとの連絡が。実は沙奈子のドレスの量産品を請け負ってる会社の担当者の人も、本人が罹患したんじゃなくて家族が罹患したことで念のために休むことになっただけらしい。情報は正しく伝えてほしいな。
それはそれとして、僕はずっと在宅勤務を選択してたからそんなに影響ないけど、出社して仕事してた人でも在宅勤務に切り替えられる人も出てきてるという話だ。こちらも念のためということで。
ただ、在宅勤務に慣れてなくて上手くできるかどうか不安だって言ってる人も。一方、鷲崎さんはそれこそ在宅勤務の大先輩だから、「これまでと変わりませんね」とは言ってたな。それでも、
「なんか、いよいよ周りにも感染してる人が出始めたっていう印象があるね」
僕が言うと、玲那が、
「お客さんにも結構、そういう人がいるよ。『感染しました。これから入院です』とか『職場で感染者が出て臨時休業で店に来るなって言われてます』とかってメッセージが届くんだ。全部が全部本当じゃないかもだけど、厳しいよね」
困ったような表情をしながら言う。
「収まってきてるような印象もありますけど、インフルエンザみたいに夏だからって完全には収まらないんですね」
絵里奈の言葉に、
「ほんとだね。インフルエンザなら暖かくなると途端に収まるのに」
僕も頷くしかなかった。
これも結局、ウイルスの違いなんだろうな。『ただの風邪だ』って言ってる人もいるらしいけど、ただの風邪ならどうして夏になっても完全には収まらないのかが不思議で仕方ない。夏風邪って言われるものもあるけど、夏風邪ってこんなに流行るものなの?。
僕は専門家じゃないから専門的なことは分からない。だから自分であれこれ断定はできない。風邪の一種なんだとしても、『普通じゃない風邪』って気はする。
「沙奈子も、気を付けてね。手洗いうがいはちゃんとしてほしい」
僕が言うと、
「うん。分かってる」
沙奈子は素直にそう言ってくれた。
彼女は、強く反抗してこない。他の誰かに対しても、攻撃的に振る舞ったりしない。誰かを罵ったりもしない。その必要がないから。沙奈子に対して僕は、たくさんお金を掛けた覚えはない。ただ代わりに、たくさん手間を掛けたとは思う。
お金を掛けるのって、『手間や時間を買う』という一面もあるよね?。だとしたら、お金を掛けなくてもその分だけ手間を掛けるという形もあるんじゃないかな。
そういうのも『愛情』の一つなんじゃないかな。




