千八百七十七 玲緒奈編 「きっぱりと告げたんだって」
八月十七日。火曜日。曇り時々雨。
沙奈子のドレスのクオリティを確かなものにするために、沙奈子と絵里奈は、量産品の縫製を請け負ってくれてる会社の担当者とオンラインで打ち合わせをしてた。
だけど、実はこの時、本来の担当者だった人が『新型コロナウイルス感染症』に罹患して休んでて、今は代理の担当者だったそうだ。だけどその代理の担当者の人は、『人形のドレス』というものに対して十分な理解がない人だったらしくて、『ただの玩具だよね?』という認識が強くて、沙奈子や絵里奈の『想い』みたいなものがなかなか伝わらなかったらしい。
先方も、元々は人形のドレスとかを製造してた企業じゃなくて、昨今の縫製関係の仕事がどんどん海外に奪われていく中で、ある意味『仕方なく』人形のドレスの製造を請け負ったという背景があるから、理解してくれている社員の方が少ないみたいで。
もちろん、だからって請け負った仕事を蔑ろにしていいなんていう理屈はない。少なくとも今の契約社会では。でも、社員一人一人までそういうのが浸透してるかといえば心許ないというのは、僕自身が社会人としてこれまでやってきて実感としてある。
加えて、『職人』タイプの人は、自分がしたくない仕事については損得抜きにして請けたくないという傾向もあるみたいだ。そして代理の担当者が、まさしくそういう人だったみたいで。
『たかが人形の』という認識がまず表に来てて、明らかに見下してる態度だったって。
「子供の玩具なんだから、これくらいでいいでしょう?。こっちだってギリギリでやってるんです」
そんなことも言ったって。
大変なのは分かる。不本意な仕事をやらされてるのも分かる。だけど、会社が仕事として引き受けたものを、一社員が、それも、本来の担当者じゃない代理が、そういう態度というのはどうなんだろう?。それは、責任ある大人のすることなのかな……?。
そんな大人の姿を、沙奈子に見せてほしくはなかったよ……。
正直、絵里奈もキレそうになってたみたいだ。だけど、すぐそばに沙奈子がいたから、我慢したって。自分の思い通りにならないからってキレて大声を上げる大人の姿を見せたくなかったからって。
でもその時、星谷さんがオンラインで参加して、しかも先に、その会社の代表取締役と話し合った上で、
「こちらとしては品質を下げることはできません。指定した品質を維持できるだけの代金はお支払いしているはずです。それが不満だとおっしゃるのであれば、こちらとしても他を当たるだけです」
と、きっぱりと告げたんだって。
代表取締役にすでに根回しをした後だったことで、ようやく話が付いたそうだけど、先方としても大事な『職人』だったそうで、責任問題にはしないことを条件に、全面的に折れてくれたそうだ。
仕事というのは、本当に、こういうこともあるよね。




