千八百七十一 玲緒奈編 「元々は他人だよね」
八月十一日。水曜日。曇り。
沙奈子たちの夏休みももう半分近くが過ぎ、残り十日余り。そんな夏休みでも、沙奈子たちは満喫してると思う。秋に延期になった修学旅行も、今の予測ではなんとか実現できそうだって。学校のHPでは、部活動で頑張ってる生徒たちの様子も紹介されてた。
たくさん制限があって、予定されてた競技とかが中止になったりして悔しい思いをした生徒たちもいたと思う。学校に通っているうちは、普通、その年のことはその年でないと経験できないからね。他にも、全国的なスポーツイベントとかにも大きな影響があったらしい。三年生とかで、それこそ最後の機会だった生徒たちには、一生、悔いの残る結果になった事例もあったかもしれない。
僕たちの中には、そこまで部活動とかに打ち込んでる子はいなかったから実感はなかったけど、
「部活やってる子の中には、泣いてる子もいたよ」
千早ちゃんがそう言ってたりもした。沙奈子や大希くんや結人くんは部活もしてないし、千早ちゃんもしてないけど、彼女は交友関係が広いからね。『一番大切な友達』は沙奈子や大希くんや結人くんでも、顔を合わせば挨拶もするし楽しく話もする相手というのは、結構いるんだ。
コミュニケーション能力は高いんだろうな。
玲緒奈もそんなタイプかもしれない。
ただ、イチコさんは、小学校の四年生くらいまでは明るくて誰とでもすぐに仲良くなれるタイプだったのが、五年生六年生の頃に一部の男子から結構しつこくからかわれたりして、それで対人関係に奥手になってしまったそうだ。その時も学校は、沙奈子と千早ちゃんの一件のように親身になって丁寧に対応してくれたそうだけど、イチコさんの心の傷は軽くなくて、
「なんかさ、自分から積極的に仲良くしに行こうっていうのは、もういいかなって思う」
と考えるようになってしまったって。
だけどその一方で、完全に他者を拒絶するってほどじゃないから、高校に入ってからも、田上さん、波多野さん、星谷さんという、きっとこれからの人生でも深く関わっていくことになる予感のある相手と出逢えたりもしたそうなんだ。
「友達って、それでいいって今は思う。ただの顔見知りと『友達』は違うんじゃないかな」
そうも言ってる。
実際には、小学校の頃からの友達も何人かいて、その人たちとは今も交流があるそうだ。それでも、人生そのものにまで直接踏み込んでいくことになるような相手は、田上さん、波多野さん、星谷さんだけみたいだけどね。
「こうなるともう、『友達』っていうよりも『家族』かな。夫婦って、元々は他人だよね。だけど『家族』になれる。だとしたら、夫婦とかって形でなくても他人と家族になることもできるんじゃないかな」




