千八百五十四 玲緒奈編 「たとえ特別な才能は」
七月二十五日。日曜日。晴れ。
いよいよハイハイを始めた玲緒奈に、僕たちはニヤニヤが止まらなかった。沙奈子でさえも、
「玲緒奈、おいで♡」
満面の笑顔(普段の彼女と比べれば)で手を差し出したりもしてた。すると玲緒奈も、
「ふっほ! ふっほ!」
と声を上げながらたどたどしいハイハイで沙奈子のところまで行って、
「ぷお~っ!」
って雄叫びを上げたりもしてた。それがまた可愛くて♡
何と言うか、玲緒奈はとっても『お転婆』な印象があって、玲那曰く、
「たぶん、『萌え』という意味での可愛げはないかもしれないけど、元気いっぱいでそういう形で周りを笑顔にしてくれるタイプなんじゃないかな」
だって。僕もそう感じる。それでいい。元気に育ってくれればそれでいいんだ。沙奈子には、人とは違う才能があるかもしれないけど、玲緒奈にそういうものがなくても構わない。何しろ僕自身、特別な才能と言えるものはもっていないし。絵里奈も、玲那もね。
星谷さんも言ってた。
「何も人を集めるための手立てを講じなくても多数の応募があるような企業であれば、履歴書の段階でふるいにかけることも容易でしょう。何一つ期待できるような情報を持たない人をわざわざ選ばなくても、何らかの期待ができる人材の中から『当たり』を引き当てられればそれでいいのですから。その一方で、あらかじめその人となりや能力が分かっている人物を選べるのであれば、『縁故採用』というものも必ずしも好ましからざるものではないと私は考えます。
ただ、多くの場合、『縁故採用』が適用されるのは、『他の企業では採用されないタイプの人材』であることも事実でしょう。ですが、『SANA』においても現在の従業員は、全員、『縁故採用』とも言えます。試験をしたわけでもありません。その人となりと能力が把握できているという理由で採用しました。ですので、これもまた使い方次第だと思うのです。
玲緒奈さんが将来、『SANA』に就職を希望してくださるなら、私はおそらく採用するでしょう。山下さんの下で育った玲緒奈さんであれば、特別な才能を持っていないとしても、確実に人として信頼できる方だと分かるからです。山下家で育ったのであれば、大きな問題を起こす理由がありません。人を人として敬う姿勢も学んでくださるでしょう。
たとえ特別な才能はもたなくとも、自身に与えられた仕事を確実にこなす方も、企業には必要です。飛び抜けた才能を持つ方を活かせる土台は、裏方に徹することができる方々がいてこそ強固なものとなると私は考えています」
そうだよね。すごい才能を持ってる人ばかりが集まってても、地味な事務作業とかをこなせる人がいなかったら、会社運営は成り立たないだろうし。




