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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百八十五 玲那編 「滑り台」

なんとなく予感はあった。3代目黒龍号の話になった時に急に入り込んで、他人が見てるかもしれない、話してる内容が聞こえてしまうかもしれない外で語り出して泣いてしまうっていう情緒不安定さを見せた時からちょっとおかしいかも知れないとは思ってた。しかも急に僕と一緒にお風呂に入りたいと言い出すとかもおかしいと思った。そしてさっき、絵里奈に向けた怖い目を見て確信してしまった。今朝、僕が絵里奈とキスしてたのを、玲那は見てたんだ。


「うん、してた…」


もう隠しても仕方ない、誤魔化すのは余計に良くないと思って、僕は素直にそう認めた。すると玲那は、はーっと大きな溜息を吐いて、少し俯きながら「そうか…」って呟いた。僕とは目を合わせずに、寂しそうに笑ってた。


「絵里奈は別にいいけど、沙奈子ちゃんの前でそういうの問い詰めるのしたくなかったんだ。でももう我慢できなくて、お風呂だったらこうして二人きりになれるしと思って…」


そうか、それで急に…。


「私、生身の男の人は怖いし嫌だけど、お父さんのことは好き。結婚してもいいかなって思ってたのも本当。だけどさ、旦那様っていうよりはお父さんっていうのが私にはしっくり来たんだ…」


……。


「でも、絵里奈とキスしてるお父さんを見た時、私、絵里奈に対してすっごくヤキモチ妬いちゃった。お父さんは私にとってお父さんだけど、だけどやっぱりお父さんとしてじゃなく好きっていうのも本当にあったんだって思い知らされたって感じかな…」


俯いたままそう話す玲那に、僕は何も言えなかった。


「けど、仕方ないよね。私は自分から滑り台にいっちゃったんだもん。お父さんのことをお父さんって呼んで、私のお父さんになってもらおうとしたんだもんね」


玲那が言った『滑り台』っていうのがどういう意味なのかこの時の僕は分かってなかったけど、ただ、玲那が、自分で自分の気持ちに対して何か踏ん切りをつけようとしてたのだけは分かった気がした。顔を上げて僕を見る玲那に、僕も彼女を見た。何かを決心した顔だと思った。


「お父さん、ううん、山下さん。私、あなたのことが好きです。この気持ちだけは、最後に伝えたかった…」


最後…。そう言った玲那の目に、涙が滲んでた。


「山下さんと絵里奈って、すごくお似合いだと思います。私にとっても理想のお父さんとお母さんだって感じます。私、二人のことが大好きです。だから、幸せになってください」


玲那……。


目に涙をいっぱい溜めてそう言った玲那を僕は抱き締めてた。でもそれは、泣いてる娘を抱き締める、父親としての抱擁だった。僕も、玲那のことは好きだ。娘として。そして僕も、はっきり自覚してしまった。もし結婚するなら絵里奈とだって。家族の役割としてだけじゃなく、本当に自分のパートナーとして選ぶなら絵里奈の方だって思ってたってことを。玲那がそれをしっかり形にしてくれたんだ。


玲那は泣いてた。ポロポロと涙をこぼして、それがお風呂のお湯に落ちた。僕はそんな玲那をただ抱き締めた。いっぱい泣いて、いっぱい涙を流して、やがて彼女は顔を上げた。そしてぶーっと手で鼻をかんで、それをお湯で流して顔も洗って改めて僕を見た。何だかすっきりしたみたいな顔になってた。


「は~、思いっきり泣いたら楽になっちゃった。だけど、私に黙って二人だけでキスしてたのは許さないよ。これからたっぷりと甘えさせてもらうから覚悟してね、お父さん!」


そう言って悪戯っぽく笑った玲那に、僕も笑い返してた。


「そうか、それは大変だけど頑張らなくちゃね。僕の大切な娘のために」


そして彼女の額にキスをしようとした時、ふっと玲那が顔を上げて、僕の唇に自分の唇を重ねたのだった。


「へっへ~ん!、も~らい!。お父さん!、お父さんそのものは絵里奈に譲ったけど、油断してたらキスくらいはもらうからね!」


…やれやれ。これは大変な娘だな。でも、うん、すごくいい子だよ。ちゃんと自分の気持ちを表すことができてると思う。たまたま僕は絵里奈との方が合うのかもしれないけど、玲那だって本当に素敵な女性だと思う。料理はあまり得意じゃなかったり自分の部屋では全裸だったりするかもしれなくても、十分に魅力的だよ。父親として、半端な男には渡したくないって思う。変な男に捕まるくらいなら、一生、僕の娘でいてくれていい。正直そう思った。


お風呂から上がると、沙奈子が僕と玲那を見た。そしてホッとしたみたいな顔で言った。


「おねえちゃん、もう大丈夫?」


その言葉に、僕も玲那もハッとなった。沙奈子も玲那の様子がおかしいことに気付いてたのか。そうだよな。この子はそういうのに敏感な子だった。それで心配してくれてたんだ。部屋着を着て、二人で沙奈子を抱き締めた。


「ありがとう、沙奈子」


「心配してくれてありがとう、沙奈子ちゃん」


僕たちに抱き締められて、沙奈子はすごく嬉しそうに笑った。


それから絵里奈を見た。絵里奈はちょっと申し訳なさそうに笑ってた。玲那がどうして僕と一緒にお風呂に入るとか言い出したのか、たぶん気付いたんだろうな。


「ごめん、玲那」


そう言った絵里奈に、玲那はべーって舌を出した。でもその顔は笑ってた。そんなことで壊れるほど、二人の関係は軽くないんだと改めて思った。


それからはまた、沙奈子は僕の膝に座って、莉奈の服作りを再開した。絵里奈に教えてもらいながら、熱心に針を動かしてる。これがいつか何かの役に立ってくれたらなってやっぱり思った。


10時くらいになって沙奈子が眠そうにしてたから今日はそこで終わった。裁縫セットを片付けて布団を敷いて、いつもの並びで横になった。


「今日もおっぱい、いる?」


絵里奈がそう聞くと、沙奈子は「ううん、もう大丈夫」って首を横に振った。


「私、もう赤ちゃんじゃないんだよね?」


彼女の問い掛けに、絵里奈が大きく頷いた。


「そうだね。沙奈子ちゃんはこんなに立派だもんね」


絵里奈に言われて、沙奈子は嬉しそうにもじもじしながら胸に顔をうずめた。それで十分らしかった。


そうか、沙奈子はおっぱい卒業なのか。思ったより早かったな。絵里奈がお母さんとして甘えさせてくれるっていうのがちゃんと実感できたのかもしれないって思った。


すぐに、すー、すー、って落ち着いた寝息を立て始めた沙奈子に、僕と絵里奈は顔を見合わせた。


「二人とも、本当にお似合いだよ。お父さん、お母さん」


玲那が囁くようにそう言った。振り向いて見たその顔は、照れ臭そうに笑ってた。それは、彼女からの祝福の言葉だと感じた。絵里奈を見ると、涙ぐんでた。本当に泣き虫だな。絵里奈は。その上で絵里奈は言った。


「ありがとう。みんなで幸せになろうね。私も頑張るから」


そして僕たちは、なんだか満たされた空気の中、眠りについたのだった。


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