千八百四十四 玲緒奈編 「僕にとってはメリット」
七月十五日。木曜日。雨のち曇り。
僕は、『善意』や『愛情』では動かない。そこになにか『僕にとってのメリット』があるから動いてるだけなんだ。
僕の部屋に捨てられた沙奈子を受け入れたのだって、
『ここで見捨てたら余計に面倒なことになりそうだから』
というのが間違いなくあった。『面倒を回避できるメリット』が確かにあったんだよ。『沙奈子を見捨てることによる面倒』と『沙奈子を受け入れることによる面倒』とを秤にかけたら、『沙奈子を受け入れることによる面倒の方がまだマシ』っていう打算に行きついただけなんだ。
だから、『結婚や子供を持つことにメリットを感じない』と言う人たちのことも、別に批判するつもりもないんだ。自分がメリット・デメリットで判断してるから。
そもそも僕自身、絵里奈以外の女性となら結婚してないからね。『ぎりぎり玲那だったら有り得るかも』っていうくらい。たぶん、鷲崎さんが相手だと結婚してない。
鷲崎さんはすごくいい人なんだけど、結婚相手となると何か違うんだ。『見えているものが違う』って言うか、『目指してるものが違う』っていう印象があるんだよ。上手く言葉では説明できないけど、それは僕にとっては無視できないものだった。
自分がこうやってメリット・デメリットで判断してる以上は、何をメリットに感じて何をデメリットに感じるかも人それぞれである以上、『結婚しない』『子供は要らない』って言ってる人たちがメリット・デメリットを根拠にしてることについても僕は口出しする資格がないと思ってるんだ。
でも同時に、鷲崎さんが喜緑さんと結婚を前提に付き合っていることについても、本人たちがそう決めたのなら応援したいと思うんだ。そして、沙奈子や玲緒奈が、将来、結婚せずに自分の人生を生きると決めても、それを応援したいと思う。
『結婚するから応援する』『結婚しないから応援しない』じゃないんだよ。『その人の決断を応援する』んだ。
これでもう、沙奈子も玲緒奈も、『結婚するかしないか』について、僕たちからストレスを掛けられる心配がなくなったよね。結婚したいと思える相手も見付からないうちから、
『将来、結婚できるかどうか。子供を育てていけるかどうか』
を悩む必要もない。
そして僕にとっての『沙奈子や玲緒奈を育てるメリット』は、『老後の面倒を見てもらえるから』じゃないんだ。ただ、
『一緒に生きていきたいと思えたから』
なんだ。それが僕にとってはメリットだったんだよ。
そういう相手と巡り会えたというのは、本当に幸せだと思う。




