千八百三十五 玲緒奈編 「好きじゃない人にとっては」
七月六日。火曜日。曇り。
水族館に行けたことで沙奈子が本調子でデザインできたドレスは大評判で、山下典膳さんのギャラリーで展示されたら、大きな反響があったそうだ。ギャラリーがずっと休業してたというのを差し引いても、HPのアクセス数も増えたそうだし、
「沙奈子さんのドレスを着たドールのページが他と比べても圧倒的ですから、そのおかげなのは間違いないです」
と、山下さんも言ってくれてた。
正直、ドレスの良し悪しとかは分からない僕だけど、確かに沙奈子のドレスには何か惹かれるものを感じる気はする。
でもその一方で、今も沙奈子のドレスを嫌ってる人もいるそうだ。
『典膳神のドールを穢す!』
とか言って。
だけど、僕は、そういう『好き嫌い』はあっても当然だと思う。山下典膳さんも、山下さんも、
「そうですね。『好み』というものは誰にでもあります。山下のドールについても、『幼稚だ』『媚びすぎ』とおっしゃる方もいらっしゃるんですよ」
と、受け止めることができてるそうだし。
今、日本のドール業界では、山下典膳さん、神玖羅さん、桃里さんの、三人の作家さんが人気を分け合ってるらしい。
そして、特に、神玖羅さんのドールに心酔している人たちは、山下典膳さんや桃里さんのドールを『媚びている』と批判する傾向にあるみたいで。
絵里奈は言う。
「私も、『私が好きなものはすべての人が好きになるべきだ』なんていう風には思わないんです。昔はそんな風に思ってた時期もありましたけど……。でも、それって、他の人の人格とかを蔑ろにしてるのと同じですよね。パパだって、ドールにはそんなに興味はない。だけど、私や沙奈子ちゃんがドールに惹かれるのを認めてくれてる。私たちの人格を認めてくれてるって実感するんです」
そして玲那も、
「そうだよね。漫画やアニメでもさ、同じ漫画やアニメをすべての人が好きになるなんてことは有り得ないんだよ。漫画の神様って言われてる人の作品でさえ、好きな人とそうでない人がいる。それは翻って、作られる作品のすべてが自分の好みに合わせて作られることなんて不可能だっていう意味でもあると思う。だったら、個人的な『好き嫌い』で作品の価値を云々するのは、違うと思うんだ。自分の好みに合わないからってその作品に価値がないってことじゃないはずなんだよ。沙奈子ちゃんのドレスが好きじゃない人にとっては価値がないようにも感じるかもだけど、それは沙奈子ちゃんのドレスに価値がないってことじゃないよね」
そう言ってくれたんだ。




