千八百三十三 玲緒奈編 「強く共感してしまいがちな」
七月四日。日曜日。曇り時々雨。
関東の方であった大規模な土石流は、大変な被害になってるみたいだ。
この辺りはおおむね平地だけど、少し歩けば幹線道路が坂になっていたりで、『絶対に安全』とは断言できない場所でもある。
だけど、どこに住めば『絶対に安全』なのかは、分からない。そもそもそんな場所が存在するのかどうかも分からない。だから、心構えを作っておくくらいしかないような気がする。
その上で、災害に備えなくちゃと思うけれど、非常食はともかく、ティッシュやトイレットペーパーは、長く品薄状態が続いたことでストックから使っていく形になって、今はもう数日分くらいしか残っていない。かなり節制してたつもりでも、とにかく『普通には買えない』状態が長かったからね。今も、『買えなくはない』というだけで、完全に以前の通りにも戻ってないし。
そんな中でも、沙奈子と絵里奈は、山下典膳さんのギャラリーに行く。星谷さんに紹介してもらったタクシー会社でタクシーを呼んで、直行するんだ。
『こんな時に不謹慎な!』と言う人もいるかもしれないけど、それを言ったら、世界中でいつでもどこかで大変な思いをしてる人がいるはずだから、そこまで気にしてたら神経がもたないと、僕たちは実地で学んだよ。玲那の事件にしたって、波多野さんのお兄さんの事件にしたって、全員で同じように深刻な顔をしてたんじゃ、たぶん、みんな潰れてたんじゃないかな。玲那も波多野さんもそんなことは望んでなかった。だから、千早ちゃんや大希くんやイチコさんや田上さんには、できる限り普通にしてもらってたんだし。
僕たちは、周りの人が僕たちと同じようにしてくれることを強要しないようにしなくちゃと、思ってる。結婚して子供を生んだからって沙奈子や玲那や玲緒奈や千早ちゃんや大希くんや結人くんやイチコさんや波多野さんや田上さんも僕と同じように結婚して子供を生むべきだなんて言わないようにしたい。
それに僕と絵里奈は、結局、結婚式もしてないしね。『普通』ってことを考えたら、僕と絵里奈はもう『普通』じゃないんだ。そんな僕や絵里奈が、『結婚して子供を生むべきだ』なんて言えないよ。
そう考えると、災害があったからって、普段と何も変わらずにいられる沙奈子たちにまで自粛自粛と言うのも違うと思うんだ。
しかも沙奈子は、誰かが辛い思いをしてるとそれに強く共感してしまいがちな部分があると感じてる。だから意図的にあまり気にしないようにしてないと、逆に精神的に参ってしまう傾向にあるんじゃないかな。




