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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百八十二 玲那編 「唇」


相変わらず延々とああでもないこうでもないと思考を巡らす自分に呆れつつ僕が服を着て部屋に戻ると、三人に『おつかれさまのキス』をされた。きっとこういうのも、羨ましがられたり妬まりたりするんだろうなとかふと思った。だけど僕は、別にこうなろうと思っていろいろしてたわけじゃない。ただ自分にとって大切だと感じた人を大切にしようとしてたら結果的にこうなっただけだ。それを羨ましがられたりしても正直言って困る。


僕は単に、沙奈子に幸せになって欲しい、玲那に幸せになって欲しい、絵里奈に幸せになって欲しいと思って自分にできることをしようとしただけだ。確かに見返りは期待してなかったりしたけど。ああでも、僕が見返りを期待してなかったことで、三人も安心できたのかもしれないとは思うかな。特に玲奈と絵里奈については、二人とどうにかなろうとか思ってなかったわけだし、そういうのが二人にとっては安心できる部分だったのかもしれない。


でも、その一方で、当たり前みたいに絵里奈と結婚してもいいみたいなことを考えてたりする。だけどそれも結局は『沙奈子の為』なんだよな。しかも絵里奈も沙奈子と一緒にいられるのならそうしてもいいみたいな雰囲気を出してるから、じゃあそうした方がいいのかなってだけで。


これも、打算ってことになるのかなあ。けれど結婚する理由だって人それぞれなんじゃないかな。昔の家同士が結婚を決めるとかなんて打算以外の何物でもなさそうだし、お見合い結婚だってある意味では打算かもしれないし。むしろ目的が明確だから分かりやすい気もする。


結婚するなら僕みたいない人がいいみたいなことを玲那が言ってたと絵里奈がバラした時、玲那に僕を取られると誤解した沙奈子が反発したなんてこともあったけど、それはたぶん、僕が玲那のものになってしまうって解釈したからだろうから、僕と絵里奈が結婚することで正式に沙奈子のお父さんとお母さんになるっていうことなら、あの子も喜んでくれるかもしれない。だけどもしそうなるとしても、沙奈子にもちゃんと相談してからじゃないとダメかなとも思った。あの子の人生にも関わることだもんな。


そんなことを考えながら僕の膝に座って服作りをする沙奈子と、沙奈子を見守る玲那と絵里奈を見ていた。それからスマホを手に取ってまた物件探しを始める。けど当然そんなに都合よく出てきてはくれない。それは分かってるけど、物件を見ながら『この家で暮らすとしたらどんな風になるかな』っていうのを想像するのが最近は楽しくなってきていた。


「え~、お父さん、何ニヤニヤしてるの~?」


不意に玲那にそんな風に声を掛けられた。え、そんなに顔に出ちゃってた?。沙奈子と絵里奈は服作りに夢中になってるらしくて振り向いてこなかったけど、玲那は僕のスマホを覗き込んできた。何を見てるのかと思ったんだろうな。だけど僕が見てたのは単に物件なだけで、別に面白いものを見てたわけじゃない。でもそれを見た玲那にも僕がなぜニヤニヤしてたのか分かってしまったみたいだった。


「そっか、お父さんも物件見ていろいろ想像してたんだ」


お父さんも、っていうことは、玲那も?。


それに答えるみたいに玲那が言った。


「私も、物件探しながらいろいろ想像しちゃうんだ」


そう言った玲那の顔が少し赤くなってた気がした。何を想像してるのか知らないけど、楽しいことではあるのかな。


「早くいいのが見付かるといいね」


「そうだね」と、僕は頷いていた。


10時頃になって沙奈子の集中力が途切れた感じになってきたから、今日もこの辺りで終わることにした。沙奈子が裁縫セットとかを片付けてる時に改めて見ると、莉奈用の服らしい物が何だか僕にはよく分からない形をしてた。もちろんそれは作りかけだからだとは思う。それだけ複雑な形をしたものを作ってるんだと思った。僕の知らないうちに、なんだか一気に難易度が上がったのかな。それを泣き言どころか文句も言わず黙々と沙奈子はやってるんだ。その事実に改めて驚かされた。まだ小学4年生だよ?、この子。


たぶん、僕と二人だけだったら、まだ果奈の方の服を作ってただけだった気がする。それが一気に僕には何を作ってるのかも分からないところにレベルアップしてた。それはやっぱり、絵里奈が一緒だからなんだろうな。絵里奈がこの子の才能を開花させてくれてるって感じた。


それがどれほどのことかは僕には全く分からない。でもとにかくすごいことになってるっていうのだけは分かった気がした。


そうか。人と出会うことでこうやって才能が一気に伸びたりすることもあるんだ。出会いっていうのはそういう面もあるんだって改めて実感した。


これが将来、沙奈子の役に立ってくれるかどうかまではまだ分からない。ただ、これだけのことができるっていうのは何かの形では役に立つ気がする。たぶん無駄にはならないんじゃないかな。


いつもの並びで布団に横になり、そしてすっかり習慣になった絵里奈のおっぱいをもらいつつ、沙奈子はすぐに寝息を立て始めた。玲那も沙奈子と同じように僕にぴったりとくっついて、「お父さん、お父さん」と小さな声で僕を呼びながら、僕の胸に顔をうずめてた。


「お父さんの匂いがする…」


沙奈子と同じことを口にして、ますますそっくりになってきた。本当の姉妹にも思える。体ばっかり大きくて、沙奈子以上の甘えっ子だ。だけどもう、僕にとっても沙奈子と同じように大切な娘になってる。まだ30にもなってないのに、こんな大きな娘ができてしまった。なのにそれが僕にとっても心地いい。


ふと見ると、絵里奈が僕を見詰めてた。穏やかな表情で、少し微笑んでるようにも見えた。僕もふっと自分の顔がほころぶのが分かった。僕と絵里奈が、この子たちのお父さんとお母さんなんだなってしみじみ感じた。


そういう温かい空気に包まれながら、僕たちはいつしか眠りについてたのだった。




土曜日の朝。やっぱりいい匂いで目が覚めた僕は、自然と絵里奈の手伝いをしてた。そして二人で黙って朝食の用意をしてる時に、何となく目が合ってしまった。絵里奈の表情がふわっと柔らかくなって、僕たちは、本当に、どちらからということもなく、とにかく自然に無意識に、お互いに顔を寄せていた。それで気が付いたら、キスを、それまでみたいに頬や額じゃなく、お互いの唇を触れさせていたのだった。


…え?。と、自分でも驚いた。それは絵里奈も同じみたいだった。二人ともハッとなって顔を離した。なのに、すごくドキドキするとか焦るとかっていうのは不思議となかった。絵里奈も顔を真っ赤にするとか汗が噴き出るとかそんな感じじゃなかった。少し赤くなってる気はするけど、それまでの頬や額へのキスと変わらない感じに見えた。それで見詰め合って、今度は確かにお互いに自分でも分かっててもう一度キスをした。まるで何かを確かめようとするかのように僕たちは唇を重ねたのだった。


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