千八百十九 玲緒奈編 「同じ家にいるのに」
六月二十日。日曜日。曇り。
昨日、久々に水族館に行けた沙奈子は、帰ってきてからも、一目見て分かるくらい本当にすごく上機嫌だった。
「いっぱい、アイデアが浮かんだ…!」
三階で千早ちゃんや大希くんや結人くんと一緒にいた沙奈子が、ビデオ通話越しにスケッチブックを見せてきたんだ。
今までとは、明らかに違う様子だったんだ。こんなテンションの高い沙奈子の姿は初めてな気がする。
「すごい!。すごいよ沙奈子ちゃん!」
彼女のデッサンを見た絵里奈も興奮気味だ。
「はっはっは~!。これで『SANA』のドレスも安泰だな」
玲那も嬉しそうだった。
と言うのも、実は、鷲崎さんが洲律さんから聞いた話で、
「最近、『SANA』のドレスのデザインがマンネリになってきてるって言ってるのがいる」
ってことだったんだ。
「私は、新型コロナの所為で沙奈子ちゃんが水族館に行けなくて、きっとそれでアイデアに詰まってるんだろうなっていうのは分かるんだけど、悔しくて……」
洲律さんはそうも言ってたって。
『創作』っていうものについては、『マンネリ』だとか『つまらなくなった』だとかいう評価が出てくるのは付き物かもしれなくても、確かに、沙奈子を傍で見てる僕としても、そんな風に言われるのはいい気がしない。
沙奈子は、水族館のSNSの動画とかを見ながら、実際に水族館に行ってアイデアを考えてた時みたいにはスムーズじゃなくてもそこから着想を得てデザインを考えてたのは知ってるから、彼女が手を抜いてるとかやる気がないとか、そういうのじゃないのは感じてるしね。
だけど今回、やっと実際に水族館に行って、自分の目で直接生き物達を見て、その場の空気にも触れて、それでインスピレーションを得て、デザインが頭に浮かんできたんだろうな。
なるほど、それを見れば、画面越しじゃなくその場にいることが大事な場合もあるというのは分かる気がする。つくづく、早くこの『新型コロナウイルス』の一件が収まってほしいと切実に思うよ。
わざわざハイヤーを手配して、出掛ける前に体温を測って、マスクをつけて、何度も消毒をして、水族館でもなるべく他の人に近付かないように気を付けて、やっぱり何度も消毒をして、食事中はしゃべらないようにして、帰ってきても丁寧に手洗いうがいをして、こうして同じ家にいるのにビデオ通話越しに話してってしなきゃならないのは、正直、辛いよね。
それから、沙奈子たちを水族館に連れて行ってくれた星谷さんは、見学を終えたと同時に、次の予定があるからと、ハイヤーを見送ってそのまま別れたとのことだった。




