千八百十 玲緒奈編 「他のコらに合わせるの」
六月十一日。金曜日。晴れ。
今日からはいよいよ、全校生徒が一斉に登校しての六時間授業に戻る。
ここまでのところ、沙奈子や千早ちゃんや大希くんや結人くんに大きな変化は見られなかった。
学校が終わってうちに帰ってきて、三階に上がる『通路』のカーテン越しに、
「ただいま」
「た~だいま~」
「ただいま~」
「ただいま……」
四人の声。
「おかえり」
僕はリビングで仕事をしながら応えた。絵里奈と玲緒奈は、今、散歩に出てる。一日一回、三十分ほど、近所をぐるりと一周するだけのそれだけど、外の空気を吸って、気分転換と、軽く運動するためにと、玲緒奈に外の景色を見せるために。
本当はそのまま買い物にも行きたいところなんだけど、『新型コロナウイルス感染症』のこともあって、念のために人の多いところに玲緒奈を連れていくのは避けようと決めたんだ。買い物については、僕か絵里奈か玲那が、交代で、行くことになってる。ちなみに、絵里奈の自転車には、チャイルドシートが付けてある。それも、前後とも。
前カゴ兼用のチャイルドシートの方は、ほとんど寝そべった姿勢のままで乗せることもできるもので、お座りができるようになるまでの間に使うつもりのものだった。対して後ろのチャイルドシートは、しっかりとお座りができるようになってから、体が大きくなってきてから、使うつもりのものだった。
だけど結局、前の方のチャイルドシートは、玲緒奈には乗ってもらうことのないまま、カゴとして使うことになりそうだ。
絵里奈の電動アシスト自転車は、最初からそのつもりで買ったものだった。子供を乗せていても倒れにくいように車体も低く、スタンドも大きくて幅広のがっしりしたものが付いてる。後ろのチャイルドシートは、玲緒奈の首が座ってから付けてもらったものだけど。
と、余談はさておいて、
「正直、メンドクサイと思うけど、まあ、元に戻っただけだよね」
千早ちゃんが、沙奈子たちの顔を見るために点けたビデオ通話越しに、学校が本格的に再開されたことについて本音を口にする。
「ホントはさ、勉強なんてピカ姉えに見てもらって私たちだけでやってる方がずっと分かりやすいし、なんたって、余計な気を遣わなくて済むからさ。マジで、他のコらに合わせるの、ダルイんだよ。オシャレとかアイドルの話とか、つべで見てるチャンネルとかの趣味も合わないしさ。
特に、他のコの悪口で盛り上がってるの、イヤなんだ。お母さんやお姉ちゃんのイヤなところと同じだから」
四人の中では、一番、交流の範囲が広い千早ちゃんだけど、だからこそのストレスもあるんだね。




