千八百四 玲緒奈編 「その程度の覚悟も持たないんじゃ」
六月五日。土曜日。曇り。
今日は僕の誕生日。だけど、特別なことは何もしない。何もしなくても、僕は今、自分が生まれてきたことを良かったと思えてる。嬉しいと思えてる。こんな素晴らしい家族に出逢えたんだから。
もちろん、それで両親や兄のことが帳消しになるわけじゃないのも事実だ。でも、過ぎたことをいつまでも根に持ってても自分が幸せになれるわけじゃないことも分かるから、気にしないようにしてる。
玲那は言う。
「世の中にはさ、パパちゃんみたいに子供を怒鳴りつけたりしないのを、『子供に甘い』とか言うのもいると思う。だけどさ、パパちゃんみたいに『自分の子供が他人をイジメてストレス解消することを許さない。認めない』って言ってることの、どこが『子供に甘い』って?。家じゃガーガー子供に対して怒鳴り付けてるくせに自分の子供が余所の子をイジメてても気付かないでほったらかしって親もいるじゃん。それのどこが『厳しい』んだよ。自分が子供を怒鳴りつけてストレス発散したいだけじゃん。自分こそを甘やかしたいだけじゃん。ホントに子供に厳しいんなら、子供がイジメとかやろうとしてるのを見逃してちゃダメじゃん。
そういうことから目を背けてる時点で『厳しい親』なんて、嘘っぱちだとしか私は思わないよ。ましてや『イジメられる方が悪い』なんて口にするような親とか、マジで自分を甘やかしたいだけだとしか思わない。パパちゃんはさ、他の人らが『めんどくさい』『時間がない』『そこまでやってられない』『そこまでしたくない』って言って逃げてることをやろうとしてるじゃん。そりゃ、完璧にはできてないかもだけど、逃げようとはしてないじゃん。
パパちゃんはさ、『子供に甘い』んじゃないんだよ、『自分に厳しい』だけなんだ」
って。そこまで言われたら気恥ずかしいだけかなと感じつつ、彼女がそう思ってくれるような自分でいられてることは、励みになる。
でも同時に、『自分に厳しい』というのは、正直、あまり実感がない。僕はただ、自分のやりたいようにやってるだけだから。
ああでも、山仁さんを見てると、『自分に厳しい』って印象は確かにあるな。イチコさんと大希くんをこの世に送り出したのは自分の勝手でありエゴでしかないというのを忘れないようにしてたし。
何しろ、『元死刑囚の孫』としてこの世に送り出すんだから、最低でもその程度の覚悟はないと話にならないと、山仁さん自身が思ってるそうだ。
僕もそう思う。姉二人が、『実の父親に捨てられた』とか『実の両親に虐待された挙句、実の母親の葬式の場で実の父親を包丁で刺した殺人未遂犯』とかっていう複雑な家庭に来てもらうのにその程度の覚悟も持たないんじゃ、話にならないって。




