千八百二 玲緒奈編 「ストレス発散に利用することを」
六月三日。木曜日。曇り。
今日はまた、沙奈子たちが登校する順番だ。
『いってきますのキス』と、『いってらっしゃいのキス』を交わして、沙奈子の様子を確かめて、彼女が無理をしていないかどうかを確かめる。
ああ、大丈夫だ。今日の沙奈子も、大丈夫だ。『学校に行く』というストレスと、上手く付き合えてる。それが分かる。
玲那が言ってた。
「昭和の親は厳しくて、躾をちゃんとしてるとか言ってるのがいるけど、私はそんな実感、まったくない。私の実の両親はまさにその『昭和の躾』を受けてきた世代だけど、心底甘ったれだったよ。祖父母はただ口煩くて自分の思い通りにいかなかったらキレるだけの『自分に甘い』奴らだった。私の実の両親は、そんな祖父母にそっくりだよ。自分の思い通りにならなかったらキレるだけの甘ったれなんだ。
なにより、『自分の勝手で子供をこの世に送り出したっていう現実』と向き合ってた親が、昭和にどんだけいたって言うんだよ?。そんな現実と向き合えない親の言う『厳しさ』ってなんだよ?。自分は『自分の勝手で子供をこの世に送り出したっていう現実』と向き合う勇気もないクセに、子供に『産んでくれなんて頼んでない』とかって事実を突き付けられただけでオロオロする程度の根性しかないクセに、そんな親のどこが『強い』ってんだよ?。
それに比べたら、山仁さんとかパパちゃんの方がずっと強いよ。『自分の勝手で子供をこの世に送り出したっていう現実』とちゃんと向き合ってる。子供に『産んでくれなんて頼んでない』とか言われたってオロオロしない。自分が間違ってたら間違ってたって認める勇気も持ってる。自分が間違ってたことを認める勇気も持ってない奴が『強さ』を語るなよ!」
また、ネットで話題でなってたことを見たらしくて、スイッチが入ってしまったみたいだ。玲那が僕と一緒にお風呂に入りたがったら一緒に入ったら、そう言ってきたんだ。
一通り言いたいことを言って、それからスマホを防水ケースに入れて、
「ごめん。ちょっとすっきりした」
だって。防水ケースに入れると反応が悪くなって『スムーズにしゃべれない』からね。
こうやって、僕に聞いてほしいことがあって、しかもそれがちょっと強い感じになりそうな時は、玲那は僕と一緒にお風呂に入る。玲緒奈の前であまり強い言葉を使いたくないからね。そういう自分の姿を見せたくないんだ。
そして僕は、『玲那の親』として、彼女が感情を昂らせてそれを吐き出したくなった時にはそれを受け止める。だから彼女は、その感情を、赤の他人にぶつけずに済んでるんだ。
僕は、自分の子供が赤の他人をストレス発散に利用することを認めない。




