千七百九十八 玲緒奈編 「意欲に水を差すようなことを」
五月三十日。日曜日。晴れ。
『大人が関心を持ってるものを触りたがる』
そこからも、子供はすごく親や大人をよく見てるんだなと、山仁さんは実感したそうだ。
だからこそ、『子供だから』と侮っていると、子供もそれをしっかりと察してしまうというのを、イチコさんと大希くんを育てる上で留意したとも。
親が自分を侮っている、見下している、というのを悟るんだって。
だから、触られると困るものは、イチコさんや大希くんの前では使わないようにしてたと。
触りたがるのを一方的に『ダメ!』と叱るだけじゃ、子供も納得できないからね。
『触っちゃいけないものを触ろうとしたら、叱らないと分からないだろ!』
って言うかもしれないけど、じゃあ、自分は、誰かに一方的に叱責されて納得できるの?。自転車で傘差し運転をしててそれを注意されたら素直に従うの?。歩きスマホをしててそれを注意されたら素直に従うの?。自分のやってることを正当化しようとしたりしないの?。逆切れしたりしないの?。
自分はそうやって頭ごなしに一方的に言われたらキレるのに、自分以外の相手には頭ごなしに一方的に叱るの?。
そこで丁寧に対処する手本を示さないから、『丁寧に対処する』っていう発想が身に付かないんじゃないの?。
僕は自分自身にそう問い掛けるからこそ、丁寧に接することを心掛けなくちゃと思うんだ。そこで『面倒臭い』って思って手を抜くのは、『甘え』だからね。
親が面倒臭いからって手を抜く姿を子供に見せてて、それで子供が面倒臭いことをやりたがらないのを叱っても、何にも説得力がないとしか思わない。甘えてるのは親の方だから。
でも同時に、親だって人間だから、完璧でいられないのは事実だと思う。僕だって完璧な親かと言われたら、全然そんなことないとしか思わないし。ただそこで、自分が完璧じゃないから沙奈子や玲緒奈にも完璧を求めないように心掛けたいって思うだけ。
沙奈子はいい子だけど、それが他人の目から見ても分かりやすい『いい子さ』かどうかと言えば、たぶん違うんじゃないかな。『明るく朗らかで誰が見ても素敵な女の子』ってわけじゃないし。そういう『完璧じゃない部分』があることを受け止めたい。
誰かをわざと傷付けたり苦しめたりってのをしないでいてくれれば、それでもう十分だよ。沙奈子は、自分がしたいと思ったことに対しては熱心で真摯だし、それを上手く活かして上げられれば、仕事だって真面目にやっていけると感じる。実際、『SANA』のドレスについては、今も精力的にどんどん作ってくれてるし。彼女の『ドレスを作りたい』という意欲に水を差すようなことを僕がしないように心掛けたいんだ。




