千七百九十七 玲緒奈編 「通用しないと実感しました」
五月二十九日。土曜日。晴れ。
リビングの大部分を玲緒奈のためだけの空間に作り変えてしまったことを、
『どうして子供のためなんかにそこまでするんだ!?』
って言う人もいるかもしれない。だけど僕は、こう思うんだ。
『自分の勝手で本人の承諾もなくこの世に送り出すという無茶苦茶なことをしたんだから、このくらい、別に大したことじゃない』
って。それに、どうせほんの一時だけのことだ。玲緒奈がいろんなことを理解できるようになって、それで自分で自分の身を守れるようになってくれば、必要なくなるし。
たった数年の間のことだよ。
どんなに子供から目を離さないように心掛けてたって、人間は常に緊張し続けることなんてできない。だから、フッと注意が逸れてしまった時でも危険がないような空間を用意しておきたいんだ。そこ以外では目を離さずに緊張してられるように。これは、山仁さんもやってたことだそうだ。しかも、その中にやっぱりダンボールでトンネルとかも作ると、イチコさんは大喜びでトンネルの中を行ったり来たりしたって。さらには、トンネルの中で寛いでたりも。
そして、その限られた空間の中では、それこそ何をやってもいいって。二歳くらいになるとお絵かきもするようになってくるけど、それこそダンボールの『壁』なら、いくらでも落書きし放題だからね。ただし、その代わり、壁の外では落書きはしない。というのを言い聞かせてたそうだ。
すると、イチコさんも大希くんも、『いくらでも落書きしていい』ってことになると、しばらく思いっきり落書きするんだけど、早々に満足するのか、自然と落書きしなくなっていったって。
あと、面白いのが、山仁さんや山仁さんの奥さんが携帯電話やテレビのリモコンを触っているとそれを触りたがるから、子供用の玩具で携帯電話やテレビのリモコンを模したものを買って渡すと、少し触っただけで飽きてしまって、でも、本物の携帯電話やリモコンを使ってるとやっぱり触りたがったんだって。
玩具の携帯電話やリモコンは、大人自身が興味を持ってないことを、一歳くらいでももう見抜いてしまうみたいだね。大人が使ってるものを触りたいんだ。
そこで山仁さんは、解約した携帯電話を触らせたり、中古のジャンク品のリモコンを買ってきて与えたって。そしたら嬉しそうに延々といじってて。だけど、玩具もしばらくすると飽きてしまうのと同じで、何ヶ月かしたら飽きてしまって、あまり触りたがらなくなったって。
これについて山仁さんは、
「子供だからって、『玩具さえ与えておけばいいだろう』というのは通用しないと実感しました」
と言っていたな。




