千七百九十二 玲緒奈編 「筋が通らないと思ってる」
五月二十四日。月曜日。雨。
『だからあの頃の私は頭がおかしかったんだ』
千早ちゃんは、そう思えるようになったから、今、幸せになれてる。毎日、笑顔で過ごせてる。他人にストレスを転嫁しなくても済むようになってる。
『新型コロナウイルス感染症』の所為でカラオケさえ満足に行けないようになってるけど、それはストレスになってるけど、
「てへへ♡ 実は最近、イチ姉えにお膝してもらってるんだ」
って言ってた。本当は星谷さんにそうしてもらいたいけど、『新型コロナウイルス感染症』の件もあってとにかくあっちこっちと連絡を取り合って、ビデオ通話で会議や会談をひっきりなしにやって対処してるから、一週間に一度か二度、実際に顔を合わすだけなんだって。もちろん、ビデオ通話越しには毎日顔を合わすけどね。
でも、実際に会えた時には、存分に甘えるらしい。そして、会えない時には、イチコさんが補ってくれる。
「それはほら、もう千早も家族だから」
イチコさんはそう言った。ただ、さすがに山仁さんに甘えるのは憚られて、それでイチコさんにっていうのもあるみたいだね。うん、血が繋がってない、法律上も親じゃない山仁さんの膝に千早ちゃんが座って甘えるというのは、いろいろ誤解も生みそうだしね。
その一方で、大希くんは、最近、山仁さんにすごく絡んでいくとも。これも、昨今の『自粛自粛ムード』が、実は大希くん自身も意識しないうちにストレスになってて、山仁さん相手に『力比べ』する感じで挑みかかって、それで発散してる感じなのかな。
文筆業であまり体を動かさないように見える山仁さんだけど、柔道のオリンピック代表の候補にもなった実のお父さんに似てか、力そのものは決して弱くないそうだ。加えて、どうしても一日中座りっぱなしになることの多い仕事だから、意識して体を動かすこともしてるって。だからか、今では沙奈子にも身長で差を付けられてる大希くんにはまだまだ負けないらしい。
そうやって大希くんは、お父さんの強さを実感して、同時に、たっぷりと構ってもらうことで満たされてるみたいだね。
そこで、『忙しいから』と、構ってもらいたがってる大希くんの気持ちを蔑ろにしない山仁さんだからこそ、強く反発する必要がないんだろうな。忙しくてもちゃんと時間を都合してくれるんだ。
山仁さんがそこまでするのは、自分がイチコさんと大希くんを勝手にこの世に送り出したっていう自覚があるから。その自分がイチコさんや大希くんを蔑ろにするなんて筋が通らないと思ってるからなんだって。




