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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百七十九 玲那編 「他人が家族になるということ」

10時前になって沙奈子が眠そうにしてから、今日はそこで終わりにした。明日は月曜日。またしばらく玲那と絵里奈は帰ってこれない。だからゆっくり触れ合っていたい。沙奈子の二人への甘えぶりは、そういう風に見えた。


いつも通りの並びで布団に横になって、沙奈子はまた、絵里奈のおっぱいをもらってた。その姿がやっぱりお母さんと赤ちゃんに見えてしまう。だけどそれが沙奈子の傷を癒して明るく振る舞えるようにしてくれてるのかもしれないと思うと、余計に大切なことだと思えた。


僕と一緒にいることで、沙奈子は『お父さん』は取り戻せた。だから今度は絵里奈という『お母さん』の存在を感じ取ろうとしてるんだろうな。


そんなことを考えてた僕の耳に、何かが届いてきた。


「お父さん…」


玲那だった。すごく小さな声で、玲那がそう言ったんだ。「…ん?」って応えると、


「なんでもな~い」


と悪戯っぽく笑う玲那の顔が見えた。悪戯っぽく笑いながら、僕の体にぴったりとくっついてきた。


「お父さん…」


また玲那がそう言った。


「…なに…?」


僕がそう応えると今度は、


「だ~い好き」


だって。


これも、沙奈子が絵里奈のおっぱいをもらってるのと同じことなのかもしれない。自分にとってものすごく大切なのに欠けてしまってたものをようやく取り戻して、それを何度も何度も実感することで、闇を、あまりにも深すぎる心の傷を、癒そうとしてるんだと感じた。しかも、沙奈子や玲那がそうして僕に甘えてくれることが、僕自身も癒してくれる。本当にうまく、お互いに必要としてることが噛み合ってるんだなって思えた。


こういう風にお互いに必要としてる部分が噛み合えば、他人とだって一緒に生きていけるのかもしれないって改めて思った。そういう相手を見付けることが、他人と家族になる上では必要なんじゃないかって感じられた。そして僕たちは、そういう相手を見付けることが出来たんじゃないかな。


もちろん、傷を舐め合うだけじゃ駄目かもしれない。お互いのそういう部分を埋め合わせつつ、一緒に生きるために必要なこと、生活していくために必要なお金を稼いだりってことも大事なんだと思う。家事だって一緒に生活していくためには必要なことだ。お互いに力を合わせて、力を出し合って、一緒に暮らしを作っていくんだ。


沙奈子はまだ小さいから一方的に守られるのは仕方ない。って言うか、自分がどう守られてきたのかっていうのを実感してそれを学び取ることで、他の誰かに同じようにできるんだと今なら思える。自分がしてもらったことを、他の誰かにしてあげることができるんだと思う。そういう経験がなかったら、どうすればいいのかっていうのをまず試行錯誤しなきゃならなくなるから、時間も手間も余計に必要になってしまうんだろうな。


それで言えば、沙奈子はまだ間に合うかも知れない。今からでもしっかりとそういうのを学び取ってくれれば、僕や玲那や絵里奈とは全然違う生き方ができるかもしれない。無駄に回り道せずに幸せを掴むことができるかもしれない。そうなれるのなら、そうなってほしいと心から思う。


僕や玲那や絵里奈は、それが無かったからすごく回り道することになった気がする。こうやって一緒になれたように見えても、まだまだ試行錯誤が続く気がする。


でもその一方で、もし僕たちが、普通に、そういうものを親から教わってて当たり前みたいにできてたら、ひょっとしたらとっくに他の誰かと一緒に暮らしたりして出会っていなかったかもしれない。そう思うと、何だか皮肉だ。それぞれ苦しい境遇にあったからこそ、僕たちは出会えたんだってことになるから。


だけどそれでいい。それがいい。結果として今があるんなら、苦しかった経験も無駄じゃなかったってことだし。


絵里奈が沙奈子を抱き締めてた。だから僕は玲那を抱き締めた。ふと思う。絵里奈と出会って玲那は『お母さん』は取り戻したんだろうな。沙奈子とはちょうど順序が逆になってるんだろう。だから今は、『お父さん』が欲しいんだ。もしかしたら沙奈子にもそれが分かるから、僕を玲那に貸してあげることができてるんじゃないかな。もうすっかりヤキモチを見せなくなったのは、そういうことかもしれない。


それと絵里奈は、保育士をしてるっていう叔父さんがお父さん代わりになってくれてたことで、何とかその辺は補われてたのかもって気がする。それから、香保理かほりっていう友達が、ある意味では絵里奈にとってのお母さんだったのかもしれないって、二人から聞いた話を思い返すと、そんな風に思えた。だから香保理さんを亡くしたことは、絵里奈にとっては友達とお母さんを同時に亡くした感じかもしれないな。


そんな絵里奈が人形に入れ込むのは、もちろん苦しい現実から一時的に人形の世界に逃げ込むことで何とか正気を保とうとしてるのもあるんだろうけど、それと合わせて、自分がお父さん代わりだった叔父さんやお母さん代わりだった香保理さんからもらったものを、愛情を、今度は自分から注ぐ相手が欲しかったっていうのもあるんじゃないかなって思ったりした。


ただ、人形はどんなに愛情を注いでも応えてはくれない。逆らったりもしない代わりに笑顔を返してもくれない。『大好き』とも言ってくれない。注いだ愛情が返ってこなくて実感がないから、際限なくのめり込むことになりかけてたのかなって思ってしまった。そこに沙奈子が現れたことで、絵里奈も救われたんじゃないかな。


自分に甘えてくれて、反応を返してくれて、おっぱいを欲しがってくれる沙奈子の存在が、絵里奈にとっても必要だったんだろうな。


もちろんこれらは全部僕が勝手にそう思ってるだけだ。正しいかどうかは分からない。だけどそんなに見当違いでもない気がする。


そういうことをぼんやりと考えてるうちに、僕は眠りに落ちていたのだった。




朝。月曜日。また一週間が始まる。絵里奈は志緒里しおりを迎えに来なきゃいけないから今日の夜に一旦は帰ってくるけど、ちゃんと帰ってこられるのは金曜日だ。それまで沙奈子と僕は二人きりになる。


だけど沙奈子は、それを受け止められてるみたいだ。寂しいのは本当でも、仕方ないことだって分かってくれてるんだと思う。いくら待っても帰ってこなかった実の両親のことを思えば、待ってれば帰ってきてくれるのが分かるから、我慢できるってことかも知れない。


いつものように、いってらっしゃいのキスをもらって、お返しのキスをして、「行ってきます」と手を振って、僕と玲那と絵里奈は仕事に向かった。玲那はやっぱりバス通勤は辛いらしくて、


「無理~、次からは自転車でくる~」


とか言ってた。なるほど。次の金曜日からは玲那は自転車で帰ってくるってことだな。


そんなことが、当たり前みたいに頭に浮かんだのだった。


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