千七百八十八 玲緒奈編 「自分で自分を幸せに」
五月二十日。木曜日。曇り時々雨。
休校が五月末まで再々延長されて、今日も休み。そうなりそうな気配があったから、別に驚かない。沙奈子も千早ちゃんも大希くんも結人くんも、いつも通りに集まって勉強をしてる。ただ同時に、
「いや~、さすがにどっこも出掛けられないってのは、きつくなってきたね。せめてカラオケくらいは行きたいなって思う」
ビデオ通話の向こうで、千早ちゃんがそんなことを口にした。
「そう?。僕は平気なんだけどな。こうやってみんなで集まれてるだけで楽しいし」
大希くんはそう応えるけど、だからって千早ちゃんを非難してるわけじゃないのは、分かる。僕も、千早ちゃんが『せめてカラオケくらいは』って思うのも無理ないと感じるし。
僕たちは、同一人物じゃない。それぞれ違う人間なんだ。だから考え方も感じ方も違う。僕や沙奈子や絵里奈は、大希くんと同じで、遊びに出られないことを苦痛には感じてない。元々、他人が多くいる場所に出掛けるのが好きじゃなかったから。
でも、玲那は、千早ちゃんと同じで、
「正直、私もいい加減、カラオケくらいは行きたいな~って思うよ。歌えないけど。あと、ゲーセンで、太鼓思いっきり叩きたい。太鼓なら声出なくても関係ないし」
って言ってたりする。
玲那も基本的にはインドア派なんだけど、それでも、『たまには』って思うタイプだから。
一応、千早ちゃんと三階で、一緒に対戦ゲームとかやって発散はしてたりもするものの、さすがにカラオケボックスやゲームセンターほどは思いっきりはできないからね。
「カラオケボックスだったら別に他の人と一緒にいるわけじゃないから、このいつものメンバーなら大丈夫かなって思ったりはするんだ。だけど、万が一があったりしたら嫌だしさ。なんか、子供は罹りにくいらしいって話もあるみたいだけど、それって発症しにくいってだけで、ウイルスとかを運んじゃう場合もあるんだよね?。それはヤだな」
千早ちゃんは、そうも言ってた。
出逢ったばかりの頃は自分本位で自分のことしか考えてなくて、自分の思い通りにならなかったらキレて癇癪を起こす子だった彼女がそんな風に考えられるようになったことに、僕も、じんとくるものがある。この子たちはちゃんと成長してる。自分で幸せを作れる人になろうとしてると思うんだ。
誰かが幸せを持ってきてくれるのを期待するんじゃなくて、自分が幸せになれないのを誰かの所為にするんじゃなくて、自分で自分を幸せにできる人に、ね。
だからこそ、そんな千早ちゃんや玲那に我慢を強いる今の状況は、僕も辛いよ。




