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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百七十七 玲那編 「当たり前のもの」

大人組のそういうやり取りなんてどこ吹く風で、子供組はただただ楽しそうにホットケーキを作ってた。もうすっかり慣れたものって感じもした。そして6枚のホットケーキを焼き上げてた。絵里奈も8枚のホットケーキを焼いて、一人2枚ずつ食べた。星谷さんが持ってきてくれたケーキもみんなでいただいた。


一部屋に7人が集まって、すごく賑やかな一時だった。


「それでは、これから勉強がありますので、失礼します」


1時を過ぎた頃、星谷さんがそう言って大希ひろきくんと石生蔵いそくらさんを連れて帰っていった。そうか、星谷さんは大希くんの家庭教師もしてるって言ってたもんな。負けてられないとばかりに、今日は沙奈子もそのまま勉強した。


勉強が終わると今日は、みんなでまたスーパーに買い物に行った。今日は沙奈子の冬の間に着る服を買うためだった。外は風が冷たく感じられた。さすがにもう11月も半ばだもんな。そこで、玲那と絵里奈は僕がプレゼントしたストールを肩にかけて、沙奈子も僕のストールを首に巻いてもらってた。まだ少し大きすぎるからちょっと大げさな感じになってしまってる気もするけど、沙奈子はすごく嬉しそうだった。


正確には、玲那たちと沙奈子のストールは別の商品だ。でも色や柄が割と近いからか、三人お揃いっぽくも見える。それがまた嬉しいみたいだった。


以前は、僕が二人にプレゼントを買うことにヤキモチを妬いたりもしてたのに、今ではすっかり本人も忘れてるみたいに楽しそうだ。僕が二人に感謝の気持ちを表すことを何とか理解してくれてた後でも『私もプレゼントしてもらったもん…』とか言ってたのにな。


スーパーに着いてからは、完全に三人での買い物になってた。三人で子供服売り場を回って、いろいろ選んでた。その様子を見ながら周囲を何気なく見回すと、子供服売り場の隣にある婦人服売り場で、玲那と絵里奈にプレゼントしたストールが目に入った。それを見た僕は、ハッとなった。


そうだ。あれをプレゼントをしてからはまだ一ヶ月も経ってないんだ。それなのに、もうほとんど一緒に住んでるみたいになってる。しかも、玲那が長女で沙奈子が次女、僕が父親で絵里奈が母親みたいな感じで。


確かに、僕が長兄で玲那と絵里奈が妹で、沙奈子は僕の娘なんて考えてたりもしたけど、実際にこうなってみるとそれともかなり違ってる。生活ってことが実感になるとそういう形の方がしっくりくるんだな。って、玲那が僕の娘ってことになったのは、彼女が抱えてる闇の正体みたいなのが少しずつはっきりしてきたっていうのが大きいのか。


それまでは、絵里奈の抱えてる闇の方が深くて重いって思ってたのに、実は玲那のそれの方がもっとずっと深くて重かったんだな。彼女はそれを表に出さないようにしてたんだ。他人にそれを悟られないようにしてきたんだ。すごいことだと思った。


以前の玲那は、単に男性不信みたいな言い方をしてたけど、本当はそれどころじゃない感じだった。単なる不信では済まされない、すごく苦しいことだったんだ。それが表に出てきてしまってからは、僕の玲奈に対する印象は大きく変わってしまったと思う。それだけじゃなくて、玲那の僕に対する態度も大きく変わってしまったと思う。


『ちょっと頼りないお兄ちゃん』と僕のことを言ってたのが、今じゃ完全に『お父さん』だもんな。ただそれも、どうしてそう変わってしまったのか分かる気がする。それまでは僕に甘えたいと思いつつ遠慮してたから、『お兄ちゃん』程度で抑えてたものが、遠慮する必要がなくなって全面的に甘えるようになったんだよな。


そのことが分かってからは、玲那と絵里奈の関係性も、それまで僕が思ってたものとは本質的に違うっていうのが分かってきてしまった気がする。それももしかすると今後も変わっていくかもしれないけど、少なくとも今は、絵里奈がお母さんっぽく玲那を支えてたんだっていうのが分かった。それで、お母さんって感じに変わったんだ。


しかも、そういうことが一気に分かってきたことで、僕たちの間にあった壁みたいなものもすごい勢いでなくなってしまった。沙奈子と洋裁専門店に行ったあの日に、たまたま二人と出会ったことで、急激に変わってしまった。


不思議だよな。あの時までは、まさか本当に四人で一緒に暮らすことを本気で考えることになるとか、そこまでは思ってなかったんだから。なんとなくそれもいいかなみたいに思ってたのは事実でも、具体的なものじゃ全然なかった。それがここまで話が進んでしまうなんて。


ああでも、進むときっていうのはそんなものなのかもしれない。僕との沙奈子の関係だって、あの子が歯の治療を始めた頃に急激に変わっていったんだもんな。きっかけがあるとそういう風にすごい速さで転換していくんだなって感じる。


沙奈子自身の変化もまさに劇的って感じだよ。二人へのプレゼントにヤキモチを妬いてた時にはまだ、二人のことをたぶん嫌ってたんだから。それからまだ一ヶ月も経ってないんだよ。一か月前の僕たちがもしこの話を聞いても、きっと信じなかっただろうなあ。


だけどそれまでの積み重ねがあったからこそ、変わる時には一瞬で変わるのかもね。子供服売り場で三人で服を選んでる姿を見てそう思った。


沙奈子、玲那、絵里奈。僕の家族。これから僕たちは、もっとちゃんと家族になっていけるんだろうか?。いや、家族になるために頑張らないといけないのか。


玲那と絵里奈に囲まれて嬉しそうにしてる沙奈子の姿を見てると、彼女はようやく本来の自分の姿を取り戻したんだっていう気がする。大人の顔色を窺ってビクビクしたり、苦痛も感情も押し殺して無表情になったり、そんなことをしなくても済むようになったんだ。普通の10歳の女の子にようやく戻れたんだ。あの子がそういられる環境を守ることが、僕の役目なんだって素直に思える。その為なら頑張れるって思える。


本当に、こんな当たり前のものを取り戻すのがこれほど大変だとは、僕も知らなかった。本来は当たり前のものでも一度失われると取り戻すのは大変なんだって思い知らされた。だったらもう、それを失くさないようにしたい。失くさないようにしてあげたい。当たり前のものがなくて苦しむなんてのは、もう勘弁してほしい。


僕たちは四人とも、大切でそして大きなものが欠けている。その欠けている部分をお互いに補い合ってる。そのために僕たちは出会った。そんなドラマみたいな大層なことじゃなくても、出会った相手が自分にとってとても重要に感じられてるのは間違いない。しかも実際に補い合えてる。うまくハマってる。


その事実の前には、些細なことはどうでもいいんだよな。


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