千七百六十五 玲緒奈編 「咄嗟の時にはそれこそ」
四月二十七日。火曜日。晴れ。
今日から動画投稿サイトに、『家庭学習お役立ち動画』というのが配信されるらしい。だけど、正直な話、沙奈子たちは自分たちなりの勉強法が確立されてるから、必要ないんだよね。
でもそれより、今日もまた、生後間もない赤ん坊の命が奪われた事件のニュースが。しかも今度は、生後七ヶ月だって……。それこそ本当に、今の玲緒奈とちょうど同じくらいじゃないか。
今まさに僕の膝でミルクを飲んでいる玲緒奈を見て、
『この子の、命を奪う……?』
有り得ない。そんなことできるはずがない。許されるはずがない。強くそう思う。
それと同時に、昨日の事件も今日の事件も『母親が我が子を』ってことらしいけど、僕は、自分が父親だからこそ感じるんだ。
『父親は何をやってたの?』
って……。
だけど、やっぱり、責める気にはなれない。どういう状況にあったのかを知る立場にない僕が責めるなんて、本当におこがましい。おこがましいと思うんだけど、その一方で、自分が同じことをしてしまわないためにはどうすればいいのかを考えないといけないと思う。
どうして、『我が子』に対して感情をぶつけなきゃいけなかったのか……?。
それが疑問なんだ。
僕も絵里奈も、辛いこと苦しいことがあれば、まずはお互いに相談し合うことができる。感情が抑えきれなくなっても、絵里奈は僕に、僕は絵里奈に、素直に気持ちを打ち明ければいいんだ。なにも、まったく抵抗もできない玲緒奈に向ける必要がない。
でも、瞬間的にカッとなってしまうことはあるかもしれない。だとすれば、そういう場合にはどう対処すればいい?。
それについても、なぜ『カッとなってしまう』のか?。っていう疑問がある。カッとなって、それで何をしたいの?。感情を爆発させることで何がしたかったの?。
自分を煩わせる相手を傷め付けたいの?。
どうして傷め付けたいの?。傷め付けることで何かが解決するとでも思っていたの?。
だけど、実際には、『解決』どころか取り返しのつかないことになって、もっと大変な状況になったよね。
自分より間違いなく弱い相手に感情をぶつけて、それで何がしたかったの?。
自分を煩わせる相手には暴力を振るっていいと思っていたから、つい、それを実行に移してしまったんじゃないの?。
だから僕は、それを否定するんだ。
自分より弱い相手に力を振るうことを、自分を煩わせる相手だからって暴力を振るっていいと考えることを。
普段からそれを肯定的に考えてたら、咄嗟の時にはそれこそ歯止めがかからないんじゃないのかな。って思うんだ。




