千七百五十七 玲緒奈編 「悪気なく掛けている迷惑」
四月十九日。月曜日。晴れ。
玲那が言ってた。
「まあ、よく言われる話なんだけどさ、『人が嫌がることをしちゃいけないのなら、誰かが自分が生きてること自体を嫌がってたら、死ななきゃいけないのか?』って話、これ、そんな疑問を持つってことは、親にその答えについて教えてもらってないってことだよね?」
って。
だから僕は言ったんだ。
「そうだね。『人が嫌がることをしちゃいけない』ってのは、僕は、少し言葉が足りない気がしてる。『わざと人が嫌がるようなことをしちゃいけない』って言った方がまだニュアンス的に近いかなって思うんだ」
「あ~、それならまだ私も分かる気がするよ。私の実の両親は、わざと人が嫌がることを平気でする人らだったからさ」
「それは僕の両親もあったかな。自分より立場が上の相手とかにはいい顔をしようとしてたけど、店員とかが相手だと途端に横柄になって、本当に嫌なお客だったと思う。兄が通ってた学校とかに対しても、よく理不尽な苦情を入れてたのを覚えてる。ああいうのは、『意図的に人が嫌がることをしてる』状態だよね」
「あはは、私の実の両親なんか、恐喝脅迫暴行当たり前だったけどね」
「ははは……。でも、僕は、沙奈子と一緒に暮らして、絵里奈と結婚して、玲那の父親になって、玲緒奈を迎えて、改めて実感したよ。『人間は、生きてるだけで誰かに迷惑を掛けることがある』ってさ。だから、『人が嫌がることをしちゃいけない』『迷惑を掛けちゃいけない』じゃなくて、『自分でも気付かないうちに人の嫌がることをしてる場合がある』『自分でも気付かないうちに迷惑を掛けてる場合がある』っていうのを忘れちゃいけないってことだと思うんだ。そうすれば、他人が悪気なくしたことで嫌な気分になったりしても、感情的にならずに済む気がする。自分だって、知らず知らずのうちに誰かを不快にしてるかもしれない、傷付けてるかも知れない。それを忘れちゃいけないって」
「うん、分かるよ。すごく分かる」
「だからこそ、わざと誰かを傷付けたり苦しめたりってのが駄目だと思うんだ。わざとでなくても嫌な思いをさせてることだってあるんだから、その上、わざとだなんて、どうかしてるよ」
「だよね~」
玲那とそこまで話したところで、沙奈子に向き直って言った。
「沙奈子にも、分かって欲しい。人は、生きてるだけで誰かに迷惑を掛けてることがあるからこそ、お互いに悪気なく掛けている迷惑については、『お互い様』ってことにさ。そしてそれは、『生きてるだけで誰かに迷惑を掛けてるのなら、自分は死ななきゃいけないの?』っていうことじゃないって。だって、他の人だって、知らず知らずのうちに沙奈子に嫌な思いをさせてることがあるからね。だから、わざと嫌がることをしてない分には、『お互い様』なんだって」
その僕の言葉に、沙奈子も、
「うん……。分かった……」
って頷いてくれたんだ。




