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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百七十三 玲那編 「成長の実感」

昼休みが終わって、僕はまた仕事に集中した。なるべく早く終わらせたいと思った。そして8時前には終わらせることが出来て、家に帰った。「ただいま」と玄関を開けたら、やっぱり「おかえり」って答えてくれた。その当たり前みたいなやり取りが嬉しかった。


二人きりの時間を過ごして、二人で寝た。


翌日の水曜日も、その翌日の木曜日も、同じような一日だった。二人きりだから、のんびりとゆったりと時間を過ごした。寂しいっていう感じもどうしてもあるけど、だからって二人きりが嫌ってわけでもなかった。ただ何となく物足りない気がしてしまうだけだ。


金曜日、その日は朝から沙奈子の機嫌が良さそうだった。当然か。今日、また玲那と絵里奈が帰って来る。それが嬉しくて自然とそうなってしまうんだろう。


でもそれはどうやら僕も同じだった。服装を整える為に覗き込んだ鏡に、頬が緩んでる自分の顔を見付けてしまったのだった。それが照れ臭いような気がしてしまって、冷静な顔を作ろうとしたりした。だけどやっぱり緩んでしまう。まあそうだよな。嬉しいものは仕方ないよな。


「今日、お姉ちゃんとお母さんが帰ってくるね」


そう言ったら、沙奈子も「うん!」と大きく頷いた。


家を出て会社に行くと、英田あいださんが仕事の用意をしていた。相変わらず憔悴したような感じもありつつ、でもかなり普通にしてられるようになった気もする。お子さんを亡くした辛さはきっと消えることはないけれど、それでも英田さんの時間も動き出してるのかもしれないって思った。


そうだよな。どんなに辛いことがあったって、その人の人生は続くんだ。その中で生きていくんだもんな。


昼休み。社員食堂で玲那と絵里奈と合流すると、二人もやっぱり嬉しそうな顔をしてた。


「あ~、今日やっとうちに帰れる~!」


胸の前で手を組みながら玲那がそう言った。絵里奈もうんうんと頷いてた。そうか、あの部屋を『うち』って言ってくれるんだ。それが僕も嬉しかった。ただやっぱり、あの部屋だといろいろ厳しいなとは正直思ってしまう。早く引っ越し先を見付けたい。


午後の仕事を終え、8時過ぎには残業も終えられた。家に帰って玄関を開けたら、今日は沙奈子と絵里奈がお風呂に入ってるところだった。


「おかえりなさい!」


玄関を開けるなり玲那がそう言ってくれた。「ただいま」って言ったら、沙奈子と絵里奈にも聞こえたみたいで、お風呂の中から「おかえりなさい」って聞こえてきた。こうやってお互いに挨拶がしたくてできてるっていうのがいい。


「へへ~、私だけ、おかえりなさいの、ちゅ~」


部屋に上がると、玲那にキスされた。その時の仕草がまた子供っぽくて、可愛らしい。僕の前では本当に子供に戻りたいんだなって改めて思った。お返しのキスをしても、にひ~って感じで悪戯っぽく笑うだけだし、僕が座椅子に座ったらそこに座ってくるし。まったく、体ばかり大きい甘えっ子だよな。


何気なく机を見ると、やっぱり志緒里がいた。莉奈や果奈と並ぶと、かなりお姉さんな感じだなってつくづく思う。って、その時に気が付いた。莉奈の服がまた変わってる。白いミニドレスだった。どうやら沙奈子が作ってた服が完成したみたいだ。僕が莉奈を見てるのに気付いて玲那が言った。


「気が付いた?。沙奈子ちゃんの手作りドレスが完成したんだよ」


やっぱりそうか。沙奈子も頑張ってるんだな。そんなことを思ってると、沙奈子と絵里奈がお風呂から上がってきたみたいだった。それからすぐ、おつかれさまのキスをしてくれた。お返しのキスをすると、沙奈子は僕の膝に、絵里奈はコタツに入った。


「あ、そうだ!」


沙奈子が不意にそう声を上げて立ち上がり、机の上から何かを持って僕の膝に戻ってきた。


「お母さんにかってもらったの」


と言いながらコタツの上に置いたのは、ジグソーパズルだった。僕が買ってあげたのとはまた別のイルカの絵が描かれたジグソーパズルだった。前のと同じ300ピースくらいのやつだった。そうか。服が完成したからちょっと気分転換することにしたのかと思った。それをばらばらと躊躇なく崩して、すぐにぱちぱちとピースを置き始めた。ジグソーパズルも相変わらず好きなんだな。


絵里奈といろいろ話をしながら、ジグソーパズルとみるみる組み立てていく沙奈子の姿が、ふとなんだかすごく不思議に見えた気がした。ああでも、当然かもしれない。ちょっと前まではこんな光景、想像もできなかったんだから。いや、想像できないどころの話じゃないか。僕の方も何をどうしていいのかも分からない状態で、沙奈子は部屋の隅でぼんやりしてるだけってあの時のことを思ったらね。しかもまだ、半年しか経ってないんだもんな。


沙奈子が無口だったのは、僕に話題がなかったからなんだっていうのが今なら分かる。だって、僕の目の前にいる沙奈子は、絵里奈とけっこう普通におしゃべりしてるんだから。そうだよな、沙奈子は勉強は遅れてても決して頭は悪くない。こっちがちゃんと話題を振ってあげれば話せるんだっていうのを感じた。それを教えてくれたのが、玲那と絵里奈だった。


そうだよ。沙奈子はどんどん成長してる。欲しかったものも取り戻せて、それを活かして、人と話すこととか、表情とか、感情の表し方とか、ものすごい速さで自分のものにしていってる。少なくとも僕たちの前では、すっかり普通の10歳の女の子になってると思う。


ふと思った。今の沙奈子とすれ違ったら、兄は沙奈子だって気付くだろうか?。もしかしたら気付かないんじゃないだろうか?。だって、表情があんまりにも違い過ぎる。


自分の感情とか考えてることとかを表に出そうとしない、って言うか出し方を知らなかった、出せば大人たちに酷い目に遭わされてたらしい以前の沙奈子だと、こんな表情が出来たとは思えない。それでもし、兄たちが沙奈子のことを『可愛げがない』とか『陰気で何考えてるか分からない』とか思ってたんだとしたら、それはお前達がそうさせてるんだろって考えてしまう。それで言ったら、子供を可愛くするのもそうじゃなくするのも周囲の大人なんだろうなっていうのを感じる。


僕たちも沙奈子に対していろんなことを教えてるのかもしれないけど、それ以上に沙奈子がいろんなことを僕たちに教えてくれてる気がする。沙奈子がこんなに変わったのは、周囲の大人が変わったからだっていうのも実感できてしまう。


そして、何気なく見回すと、この部屋も何となく以前より生活感が出てきた気がする。以前は必要最小限のものしか置いてなかった。ううん、それは今でもそんなに大きく変わってないけど、少なくとも、人形やぬいぐるみの存在感が、大きく印象を変えてる気がする。だんだんと、『女の子が住んでる部屋』っていうのになりつつあるのかなと、思ってしまうのだった。



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