千七百二十七 玲緒奈編 「それに則した対処法を」
三月二十日。土曜日。曇り。
修了式こそはあったものの、実質、臨時休校のままで春休みに突入する形になった。
そして、宮城県沖でまた地震があったって。
玲緒奈は今日も、元気に僕の邪魔をしてくれてる。今日は『仕事』じゃないんだけど、仕事に関係する調べ物をしてたら、また足でテーブルをぐいぐいしてきて。
それを僕はただ笑顔で見守ってた。
でも、だからって僕は、玲緒奈が他の人に迷惑を掛けてても放っておくなんてつもりはないんだ。
山仁さんが言ってた。
「叱らないようにしてるからといって、それは決して子供を放任しているわけじゃありません。むしろ、叱らずにいるためには子供から目を離すわけにはいかないんです。子供の行動に常に意識を向けて気を配り、親の目が届いていることを知ってもらう必要があるからです。
特に、親の気を引くために騒いだり大きな声を出すのを防ぐためには必要なことですね。それを『面倒だ』と忌避することで、親の気を引こうとして騒いだり大きな声を出すことがあるんです。
私は、おとなしくしてもらう必要がある時には、膝に抱いておくことが多かったですね。
それを『抱き癖がつく』からと避けることがありますけど、私は逆です。積極的に抱き癖を付けるつもりで抱いていたんです。
子供は成長します。一時的に抱き癖が付くこともあるとしても、成長と共に治まっていくものなんです。イチコも大希も、小学校に上がった頃には『抱っこ』を要求しなくなりました。それまで散々、『抱っこ』してきたのにです。さらに、イチコは高校に上がった頃、大希は、小学四年生になった頃、私の膝に座らなくなりました。座らないように仕向けたわけでもないのにです。
精神的にも成長したことで、必要としなくなっていったんでしょう。何か辛いことがあった時には抱き締めたりはしましたが、本人からは求めなくなった。
もし、治まらなかったとしたら、それは他に何か原因があるんでしょう。だとすれば、また、原因を探って、それに則した対処法をとれば済むことではないでしょうか。
人間は機械ではありません。イチコが高校入学寸前まで私の膝に座ってたにも拘らず大希は小学四年生になった時点で座らなくなったように、人間はそれぞれ違うんです。違っていることそのものが『普通』なんです。学校で四十人の生徒を一度に相手にしている教師ではないんですから、二人や三人と向き合えないというのは、親としてどうなのでしょう?。
もちろん、人間はそれぞれ違うのですから、三人でもしっかりと向き合える人もいれば、一人でも向き合えない人もいると思います。ですが、そうやって自分が『できない』ことを認めてほしいのであれば、子供の『できない』も認めないとおかしいですよね」




