千七百十三 玲緒奈編 「自分こそが悪役に」
三月六日。土曜日。晴れ。
『新型コロナウイルス感染症』対策のために水族館が休館になり魚を見ることができなくなった沙奈子が、水族館がSNSで発信している映像を見ながらスケッチブックにデッサンを起こしていた。
だけどやっぱり、本物を自分の目で見て、というのとは何か違うのか、水族館で描いている時のような勢いは感じられない。皮膚感覚とかいうものが違うんだろうか。僕にはその辺りはよく分からないけど、水族館に行けないのは残念だな。早くおさまって欲しいな。
もちろん学校に行けないことも、奈々子自身、残念そうにしてるのを感じる。普段からすごく楽しそうに学校に行ってるっていうのではないんだけど、沙奈子は沙奈子なりに学校を楽しんでるみたいなんだよ。決して嫌がったりはしていないんだ。
もちろん楽しいことばかりじゃない。陰で彼女を『ハニワ』とか『ロボット』とか呼んでる子は、今もいるそうだ。しかも最近では『陰キャ』とか『陰の者』とか、そんな風に呼んでる子もいるらしい。
だけど、そういうことについても、家に帰れば、僕や絵里奈や玲那が自分を支えてくれることを、沙奈子はちゃんと分かってくれているから、自分にとって好ましくない現実とも向き合っていけるんだと思う。
それのない状態で、ただ我慢しろと言われても、人間はロボットじゃないからそういうことに耐え続けるのは難しいと思う。だからそのストレスを他人に転嫁することで紛らわそうとする人が出てくるんじゃないかな。『イジメ』とかは結局そういうことなんじゃないかな。
だって、玲那も言ってたけど、
「イジメとかって、漫画やアニメの中では完全に『悪役』だよね。別に誰かから教わらなくても、親に教わってなくても、普通はわざわざ自分から悪役になりにいきたいとは思わないんじゃないかな。それなのに実際には、わざわざ自分からイジメ加害者なんていう悪役になりにいくのがいる。なんで?。
私はそういうの、自分の中で理屈をこじつけてまで正当化して、それで自分のストレスを他人にぶつけて解消しようとしてるんじゃないかなって気がしてる。そうじゃないと意味が分からないよ。自分からわざわざ悪役になろうなんて、悪役になって正義を標榜する誰かの引き立て役になろうなんて、舞台装置になろうなんて、誰が思うの?。結局そういうことも考えられないくらいに、自分こそが悪役になっちゃうんだってことすら気付けないぐらいに追い詰められてるって事なんじゃないかな」
というのもある気がする。




