千七百七 玲緒奈編 「行く当てがあるというのは」
二月二十八日。日曜日。晴れ。
今日から、新型コロナウイルス感染予防のために、水族館も当面の間、休館することになった。水族館のSNSで魚の動画を見ようとして、沙奈子が気付いたんだ。
「お父さん、これ……」
ノートパソコンの画面に表示された『お知らせ』を僕に見せた彼女の表情は、明らかに悲しそうだった。だけど、僕にはどうすることもできない。
「残念だけど、仕方ないね……」
「うん……」
沙奈子も寂しそうに頷く。まさかこんなことになるなんて、最初に『新型コロナウイルス感染症』の話を聞いた時にはさすがに思っていなかった。
でも、学校まで休校になるくらいなら本当に仕方ないんだろうな。あの水族館はいつも人が多かったからね。
ところで、うちに千早ちゃんや大希くんが集まることを心配する人もいるかもしれないけど。二人の場合は、ほとんど家族と変わらない間柄なわけで、家族が家に帰ってくるのと違わないと思う。
それに、千早ちゃんと大希くんも、普段からあちこち出掛けるわけじゃなくて、だいたいいつもうちに集まって三人で過ごすことがほとんどだし。
『外出の自粛』なんてしなくても、元々、あんまり出歩くこともなかったわけで。
沙奈子のことが好きで、沙奈子が出掛けるのが好きじゃないから、それに合わせてくれてたのが、すっかり当たり前になってしまったみたいだ。
これは結局、『それが一番、居心地がいい』からなんだろうな。居心地がいいからずっとそうしてられるという。
千早ちゃんが言ってた。
「いや~、沙奈やヒロと一緒にいてるとさ、時間が過ぎるのが早いんだよ。気が付いたら時間が過ぎてんの。しかもすっごくホッとするしさ。
カラオケとかゲーセンとかも楽しいんだけど、それだと今度は沙奈がツラいじゃん? 沙奈がツラそうにしてたら私も楽しくないんだよ。その点、水族館だったら沙奈が活き活きしてるしさ。そんな沙奈を見てるだけでも楽しいんだ」
って。しかも大希くんも、
「だね。僕も、沙奈が楽しめてないと楽しくない」
だって。
ああ、本当にいい友達だな。『一緒の時間を過ごすこと自体が楽しめる友達』なんて、僕にはいた覚えがない。それを思うと沙奈子はとても恵まれてるよ。
そこに今では、結人くんも加わりつつある。
結人くんも、鷲崎さんと喜緑さんが一緒の時間を過ごしてるところだといたたまれなくて出掛けてしまうけど、その行き先として波多野さんの部屋やうちがあることで、彼は、あてもなく街を彷徨ったりしなくて済んでるんだろうな。
うん。『行く当て』があるというのは、すごく大事な気がする。




