千六百九十九 玲緒奈編 「高校に上がる頃には」
二月二十日。土曜日。晴れ。
今日はようやく寒さが和らいだ気がする。
けれど、『新型コロナウイルス感染症』については、ますます広がりを見せてて、どうにもならない印象がある。
沙奈子も、水族館に行くのはやめて、三階で千早ちゃんや大希くんと過ごしてた。絵里奈と玲那は、ビデオ通話を使って星谷さんと話をしてる。『SANA』についての話だ。マスクやティッシュペーパーやトイレットペーパーを納品してもうようにして、それにかかるコストとかについても。
今日はこれといってすることのない僕は、ずっと玲緒奈の相手だ。
世の中がどんなに大変でも、玲緒奈には関係ないんだな。相変わらず元気で、寝返りもわりと自在にできるようになってきた感じだ。高く掲げた足を振り下ろす反動を利用する必要がなくなってきたみたいで。
こうなるといよいよ、寝ている間の寝返りが心配になってくる。またしばらくしっかりと睡眠が取れなくなるとしても、もちろんそれは一時的なことのはずだから、それほど不安はない。なんかもう、僕の方も慣れてしまって、ちょっとした気配で目は覚めつつも、問題ないことが確認できればまたすぐ眠れるし、昼間だって少し余裕があれば瞬間的に眠って回復を図ることができるようになった。
大したものだよね、人間の体って。
そして玲緒奈の方も、やがてお座りをするようになって、ハイハイをするようになって、いずれは自分の足で立つようになるんだ。この赤ん坊が、自分の足で、だよ?。
そう考えると、すごいよね。本当にすごいよ。絵里奈と僕の遺伝子を受け継いだこの子が、自分の足で立って、歩いて、しゃべって、生きていくんだ。
なんかもう、途轍もない。
命って、本当に本当に途轍もない。
それで言えば沙奈子だって、僕の兄の遺伝子を受け継いで、なのに今はもう、兄のことなんて関係なく自分の足で立って自分の頭で考えて生きてるんだ。
もちろん、兄の下に生まれたっていう事実そのものは、これからもずっと彼女の人生に影を落とすかもしれない。でも、それを含めて、僕は沙奈子を受け止めていく。いつか沙奈子自身が自分でそれを受け止めて生きていけるようになるまで。
思えば、僕のところに捨てられたばかりの頃の沙奈子は、今の玲緒奈よりも頼りなくて弱々しい感じだった気がする。それこそ、僕がちょっと目を離してるうちに死んでしまってもおかしくないくらいには。
それがいまや、自分の才能で収入を得るまでになっているんだ。
もしかすると、高校に上がる頃には、僕の扶養を外れるかもしれない。そうなっても全然おかしくない予感がある。




