千六百九十三 玲緒奈編 「我慢しすぎずに言えるように」
二月十四日。日曜日。晴れ。
日本でも次々と感染者が出て、しかも日本人の感染者が初めて亡くなったとも。いよいよ抑え切れなくなってきたっていう実感が。そこで僕は、
「こうなってきたらもうじたばたしても始まらない。なるようになるし、なるようにしかならないってことで、開き直ろう。その上で、手洗いとうがい、消毒について丁寧にするようにして、あと、ご飯をちゃんと食べるようにして、夜はちゃんと寝て、ちょっとでも体調がおかしいと思ったら無理をせずに休んで、自衛するしかないと思う」
一応は家長として、みんなにそう告げさせてもらった。
「はい」
「ラジャ!」
「分かった…」
絵里奈と玲那と沙奈子が、少し緊張した様子で応えてくれた。その中でも、玲緒奈だけは「えっほ、えっほ」と手足を動かしてて元気だ。しかも、気が付くところんと寝返りしてたり。でも、だからこそ、守らなくちゃって強く思う。
当面、必要以外の外出を避けるのも続けよう。
「ま、私たちは揃いも揃って基本的にはインドア派だからね。別に出掛けないことは苦にならないっしょ」
「確かに」
玲那の言葉に僕も頷くしかなかった。その上で、
「沙奈子も、ごめん。しばらく水族館は行かないようになるけど、大丈夫かな?」
と尋ねる。だけどそう言われてこの子が『嫌だ』みたいなことを言うわけがないのも分かってる。分かってるからこそ、
「うん、大丈夫。千早が動画とかいっぱい撮ってくれたから」
そう答える彼女の表情をよく見て、言葉を注意深く聞いた。無理してないか、不満を溜め込んでないか、察するように。
本当なら、相手に察してもらおうとするんじゃなく、ちゃんと口に出して伝えるようにするべきなんだろうけど、沙奈子は我慢強いから、限界を超えて我慢してしまうことがあると思う。本人は『大丈夫』と思ってても、実は。ということがある子だと思うんだ。
『相手に察してもらおうとするな!』
と言いながら、
『とにかく我慢しろ!』
みたいに言うのは、僕は卑怯だと感じてる。酷い矛盾だと思う。
我慢させておいて、それで本人が限界を超えてしまったら『察してもらおうとするな』なんて、要するに自分が責任を負いたくない面倒なことはしたくないってだけの話じゃないの?。
僕は沙奈子の親だから、察そうとするよ。この子が無理をしてないか、我慢しすぎてないか、見抜かなくちゃと思ってる。それを『面倒臭い』とは言わない。
親である僕がそれを心掛けるからこそ、沙奈子も我慢しすぎずに言えるようになるんじゃないかな。




