千六百九十二 玲緒奈編 「冷静に対応しなくちゃと」
二月十三日。土曜日。晴れ。
本当は今日は、沙奈子たちは水族館に行くはずだった。でも、日本国内でも『新型コロナウイルス感染症』の感染者数がどんどん増えているらしいのを受けて、取りやめた。
「賢明な判断ですね。山下さんが申し出てくださらなければ、私から提案させていただくつもりでした」
星谷さんがビデオ通話を通じて言う。その上で、
「玲緒奈さんの免疫が十分に備わるまでということで改めて始めたこのビデオ通話ですが、もしかすると、当面の間、続けた方がいいかもしれません。実は、海外ではすでに、会議などはビデオ通話を用いて行うことにしたところもあるそうです。これも感染症対策の一環ということですね」
とも。さらに、
「加えて、いわゆる『使い捨てマスク』の価格が大変高騰し始めていて、一部では買占めが疑われる事態も確認されているようです。しかしこのことが世間に広まると、『入手が困難になる前に買い溜めしておかなければ』という心理が働き、普段は買わない方が買うようになり、普段は一箱しか買わない方が二箱三箱と買うようになり、結果として店頭での品薄感が生じ、それがさらに焦りを呼ぶというスパイラルが発生する可能性があります。
生産数は十分なはずですが、流通には限界がありますので、『メーカーには在庫があるのに店頭では常に品薄』という状況も有り得るでしょう。これは、地震等の災害発生時にも見られる現象です。
災害時の備えについてはされてらっしゃるでしょうか?」
そう言われたから、
「はい。これまでの倍、確保しています」
と応えさせてもらった。
「大変結構です。今後、『店頭では満足に買えない』という状況に陥る可能性も有り得ますが、焦らず、ストックを少しずつ取り崩しながら冷静に推移を見守るようにしていただければと思います。このような時に一番憂慮すべきは『パニック』です。店頭では手に入らない状態になったとしても、それはいずれ解消します。それまで持ちこたえればいいだけの話です。
なお、マスクについては、先日もお話させていただいた国内の企業で生産していただいている中から『SANA』としての分を納品していただくようにしました。他にも、トイレットペーパーやティッシュ、おむつ、生理用ナプキンなどについても手配していますので、『SANA』を通じて少量であれば配布も可能でしょう。過度の心配をなさらないように心掛けていただけると幸いです」
星谷さんは、あくまで淡々と、業務連絡としてそう告げてくれた。
だから僕たちも、冷静に対応しなくちゃと思ったのだった。




