千六百九十 玲緒奈編 「パパちゃんばっかずるい」
二月十一日。木曜日。晴れ。
今日は建国記念日。
だけどニュースでは、クルーズ船の乗客の扱いを巡っていろいろ揉めてるらしいことを伝えてた。果たしてどうすることが正しいのか、僕には分からない。
だからそのことについては何も言わないようにしようと思う。何を言ったって無責任にしかならない気がするし。何より、僕は責任を取れる立場にないから。
「僕たちは僕たちにできることだけをちゃんとしよう」
玲緒奈にミルクをあげながらニュースを見つつ、僕はそう言った。
「そうですね」
「おうよ」
「うん……」
絵里奈と玲那と沙奈子が応えてくれる。
こうやって、同じ話題で言葉を交わせるのが、すごく嬉しい。
思えば、僕は、両親や兄とは、まともに口をきいた覚えもほとんどなかった。家に僕の居場所はなくて、と言うか、僕の存在自体があの人たちにとっては邪魔なだけだったんだろうな。
だから僕は、家の中でもただ息を潜めて、それこそ恐竜の影に怯える小動物のように、視界に入らないように、自分を殺して生きてきただけだった。
あんな家庭にはもう二度と帰りたくない。あんな家庭は作りたくない。あんな家庭を作るくらいなら、僕は結婚なんかしなかった。
その想いはますます強くなる。こんなにあたたかくて心地好い家庭を築けてるからこそ。今のこの家庭を守りたいと思えばこそ僕は頑張れてるんだ。
そうして、みんなで手分けして掃除をする。僕は、玲緒奈の姿が見えるこのリビングを。
すると、玲緒奈は一人、布団の上でしきりに手足を動かしてた。自分の足を手で掴んで高く掲げたと思ったら、ぱたん、と横に倒して。
と、何度かそうしてたと思ったら、それまでと同じように掴んで掲げた足を横に倒そうとした瞬間、手が外れて足が大きくスイングして、くるん、と体がうつ伏せの状態に。
「あ、寝返りだ!」
僕が思わず声を上げると、キッチンを掃除してた絵里奈が、「え!?」って振り向いた。
「え、なに? 寝返り!?」
一階に降りようと階段に行った玲那が慌てて戻ってくる。そして、和室を掃除してた沙奈子も。
「ほんとだ!」
って。ちょうど、何気なく視線を向けた時に目撃したらしい。
「うわ~、見逃した~!」
絵里奈が流しを洗うスポンジを持ったまま戻ってきて、悔しそうに。
「ちくしょ~っ! パパちゃんばっかずるいじゃ~ん!」
玲那も悔しそうだ。
そうやってみんなが注目する中、当の玲緒奈は、うつ伏せの状態で頭を自分で持ち上げて、「ふんす、ふんす!」となんだか自慢げに僕たちを見ていたのだった。




