千六百四十七 玲緒奈編 「たまたま出逢いに恵まれただけ」
十二月三十日。水曜日。雨のち晴れ。
僕は決して、何事にも動じない器の大きな人間というわけじゃない。本質的には些細なことに動揺してうろたえてしまう臆病者だ。でも、だからこそ、いつも『最悪の事態』を想定して、備えるようにしてるんだ。玲那の過去についてだって、詳しい話を聞く以前から想定していたものの中でも一番最悪なものではあったけど、それでも、想定していた分だけ、動揺を抑えられたのは確かだと思うんだ。
この世には、苦しいこと、悲しいこと、辛いこと、酷いことは、数え切れないくらいにあると思う。以前の僕は、そういうものを、見ない、聞かない、考えない、という風にして生きてきた。上司のパワハラについても、気にしないように心を閉ざして殺して聞き流してきた。だから元々、そういうのを受け流すこと自体は慣れていたといのもあるかもしれない。
そこに加えて、絵里奈や玲那自身が、意図的に誰かを攻撃するようなタイプじゃなかったから、親身になることもできた。もし、絵里奈や玲那が、誰かを陰で傷付けるようなタイプだったら、僕は彼女たちを受け入れられていなかっただろうな。
そういう意味でも、誰かを平然と傷付けられるような人間でいることは、決して自分のためにならないんだと思う。僕みたいな頼りない人間でも、非力でも、とにかく力になろうと思えたのは、絵里奈と玲那の人柄があってのことだし。
千早ちゃんの時は、大希くんが千早ちゃんを許したからだし、結人くんの場合は、やっぱり、結人くん自身の人柄と言うよりは、間違いなく鷲崎さんの人柄があってのことだ。鷲崎さんが悲しむのが分かるから、結人くんが自ら不幸になるような彼のままでいて欲しくなかっただけで。千早ちゃんと結人くんは、たまたま出逢いに恵まれただけというのが大きいと思う。
だからこそ、玲緒奈にも、他人を平然と傷付けられる人になってほしくないんだ。この世の理不尽と向き合うにしても、絵里奈と僕で支えていけばいい。そうやって少しずつ力を付けて、僕たちと同じ年齢になるころに同じ程度のことができるようになってくれていればいい。だけどそこで、他人を平然と傷付けるような人になっていたら、苦しい時に力になってくれる人も現れないかもしれない。千早ちゃんや結人くんは運が良かった。大希くんや鷲崎さんがいなかったら、もっと不幸になっていたかもしれない。
これについては、千早ちゃんのお姉さんたちの例が分かりやすいかな。千早ちゃんが大きく変わったことで、お姉さん二人も、彼女への暴力こそは収まったものの、不穏な態度そのものは改まってないから、今も二人の周りには、苦しい時に助けてくれるような人がいないらしいんだ。




