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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百六十四 沙奈子編 「没入」

『私達は家族だから平気』か。ホントは家族だからって平気とは限らないとは僕も思うけど、うちの場合はそういうことでいいのかな。


ふと見ると、机の上に莉奈とは違う人形の姿があった。なるほどあれが志緒里しおりっていうことか。玲那れいな絵里奈えりなの友達だった人に似てるっていう。言われて見れば、以前の、どちらがどちらか区別もつかなくなるくらいに似せてメイクをしてた頃の玲那と絵里奈にも似ている気がする。やや印象の強いメイクをして、きついウェーブのかかった髪の。


こういう言い方をすると失礼なのは分かってて言うと、ケバいって言われそうな印象もある。でもたぶんそれは、亡くなった友達自身が、自分を鼓舞する為にわざとそうしてたんだろうなっていう気がする。折れてしまいそうになる自分を、自分で励ます為に。


そう思うと、一見ケバそうに見えるそのメイクが、まるで戦の為の化粧にも見えてくるから不思議だ。


そんなことを思いながら服を脱いでお風呂に入った。三人は今、莉奈を前にして何かしてる最中で、僕の方には意識を向けてなかった。こういう形でいいっていうことだろうって思った。


お風呂に入ってる間も、やけに静かだった。何をやってるんだろうと少し気になる程だった。玲那と沙奈子の二人だった時とはかなり雰囲気が違ってる気がした。お風呂から上がってざっと体を拭いて部屋に戻ると、やっぱりまだ、莉奈を手にした沙奈子を間に挟んで何かやってる感じだった。僕はその間に服を着て、そっと様子をうかがった。すると、服を作る為の型紙を手に絵里奈が沙奈子に何かを教えてるように見えた。それは、僕が初めて見る絵里奈の姿だった。どことなくおっとりした感じで玲那の後についてくるようなそれまでの印象とはどこか違ってた。


そういえば、絵里奈も洋裁をするんだったよな。だから莉奈の服を作る為の本格的な勉強に入ったっていうことなんだと思った。絵里奈の本気がそこにあるのかもしれない。これは下手に邪魔をしない方がいいと感じて、僕は静かにそっとコタツに入ってその様子を見守るだけにした。なのに、沙奈子が僕を見るなりハッとした顔をして、立ち上がってコタツごしに僕の頬にキスをしてくれた。おつかれさまのキスだった。あんなに集中してたみたいなのに、忘れずにしてくれるんだな。だから僕も膝立ちになって、お返しのキスをした。


すると玲那も負けじとキスをしてくれて、「じゃあ私も」と急な展開に慌てた感じで絵里奈までしてくれた。これは大変だなと正直思いつつ、僕も二人にお返しをした。


玲那はさすがに何回目かだからか平気そうだったけど、絵里奈は顔を真っ赤にしてた。慣れてないんだろうなっていうのが分かった気がした。


でもその後はまた莉奈を囲んで三人で真剣な表情で何かをしてた。特に絵里奈の表情は真剣そのものだった。すごく入り込んでるって感じがした。そんな様子を見てて僕はようやく気が付いた。莉奈のドレスが変わってることに。ぱっと見はそんなに違いの分からない白いドレスだったけど、よく見るとフリルの形が違ってた。我ながらよくそんなことに気付いたなと思いつつ、ずっと見てたからなっていうのも思った。


たぶん、絵里奈が持ってきたんだろうな。着替えとして。部屋の隅にはそれっぽいバッグが三つほど置かれてた。もちろんそこには絵里奈本人の着替えとかも入ってるんだろうけどね。


しばらく見てると、絵里奈がそのバッグの中から布を出してきた。白くてきれいな布だった。それをコタツの上において、そこに型紙を当てた。それから色鉛筆みたいなので型紙に添って線を引いていった。なるほど、いよいよ莉奈用の服作りを始めるって訳か。


時間はまだ9時。明日は休みだから今日は夜更かししたって構わない。三人のやりたいようにしてくれていいと思った。僕にはよく分からない話をしながら、ハサミで布を切り始めた。果奈用のとは全然違う大きさに沙奈子もちょっと苦労してる感じだけど、その表情は真剣そのもので、余計な口出しが出来る感じじゃなかった。絵里奈の真剣さに沙奈子が引っ張られてるみたいにも見えた。


切り出された布は、果奈用に沙奈子が始めの頃に作ってた、ワンピースになったそれに似てた。そうか、莉奈の方も、そういう簡単な形のから始めるっていうことだな。


しかし大きい分だけ縫うところが多いだけじゃなく、何か細かい細工もしてる感じで、形は似ててもやっぱり果奈のとは全然違うっていう気もした。


それでもここまでの練習の成果なのか、縫い始めるとかなりの速さで作業できてる感じもする。そして10時をけっこう過ぎた頃、かなりそれっぽい形になったのだった。うん、白くてシンプルだけど上品な感じのワンピースにちゃんと見えた。


「沙奈子ちゃん、すごい!。初めてでここまでできるってすごいよ!」


絵里奈が興奮した感じで声を上げると、沙奈子が嬉しそうに微笑んだ。ただ、さすがに集中力が途切れたのか、ワンピースを莉奈の体に合わせてるとふわぁ~って感じの大きなあくびをしたから、ああもう今日はここまでかなって思った。


「そろそろ寝る?」


僕が聞くと、沙奈子が眠そうに頷いた。


「う~ん、そうかあ」


絵里奈は何だかすごく残念そうだった。彼女としてはこのまま勢いで一気に仕上げたかったのかも知れない。でもまあ、その辺は人それぞれなんじゃないかな。ずっとそばで沙奈子を見てた僕から言わせてもらうと、今の沙奈子はもう明らかに集中力が途切れてしまってぼや~っとした顔になってるし、この状態で針とか使うのは危ないって思う。


「慌てなくてもいいと思うよ。まだ4年生なんだから」


何気なく言った僕の言葉に、絵里奈も「…あ!」って顔をした。「そうですよね」って思い出したみたいに言った。絵里奈も割と思い込むと周りが目に入らなくなるタイプだなって思った。


でもだからこそ、人形にあんなに思い入れられるんだろうなっていうのも感じる。人形をきっかけにしてすごく自分の世界に没入するって感じかも知れない。


だけど沙奈子はそこまでじゃなかった。人形のことは好きだし集中する時はすごいけど、絵里奈のそれとは明らかに違ってると思う。そこで何だか分かってしまった気がした。


そうか、絵里奈のそれって、『逃避』なのかも知れない。見たくない考えたくない知りたくない現実から逃げる為に、彼女は人形の世界に入り込んでしまうんじゃないかなって感じてしまった。


もっとも、それはあくまで僕の印象っていうだけだから何の根拠もないんだけどさ。


すごく柔らかい感じで優しくてお母さんっぽいところもありながら、彼女も玲那とは形は違うけどやっぱり闇を抱えてて、何とかそれでも社会と折り合う為に時々人形の世界に逃げ込んで自分を守ってるのかも知れないなって思ったりしたのだった。


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