千六百三十九 玲緒奈編 「その覚悟をするに値する人」
十二月二十二日。火曜日。晴れ。
「例の『伝染性の疾病』の件については、現時点ではまだ何とも申し上げられない状態ですね」
帰国した星谷さんが、ビデオ通話を通じてそう告げてくれた。彼女はちゃんと客観的な意見としてそういうのを伝えてくれる。大丈夫だと確認できていないのに『大丈夫だ』と断定しないし、逆に、むやみに不安を煽ってくることもない。
それに今回は、彼女自身、現場に赴いたわけじゃない。あくまで『SANA』のドレスを生産してくれている工場の視察と、今後のことの話し合いに行っただけだそうだ。
その上で、
「かつての『SARS』や『新型鳥インフルエンザ』の一件でも、日本に直接大きな影響は出ませんでしたが、流通においては少なからず影響があったといいます。なので、もし、今回の件も同等の規模であるとすれば、多少の影響が出る可能性を、輸送ルートを実際に確認して実感しました。
そのためのバックアップとして、国内の企業に当たりを付けたいと思います。その場合、コストは格段に跳ね上がりますので、利益は当然、減るでしょう。しかし同時に、一時的な流通の混乱だけで事業を止めるというのも大きなリスクになります。ゆえに、敢えて赤字に至ることがあっても休まず続けるための方策とお考え下さい。それについて、社長である絵里奈さんに承諾をいただきたく、相談させていただきました」
とのことだった。
これに対して絵里奈は、
「本音を言うと私にはその辺りのことは今もまだ分かりません。なので星谷さんにお任せします。もしそれで損害が出たとしても仕方ないと思います」
と、率直に返す。
社長という立場では無責任かもしれないけど、たぶん、会社というのは、社長が何もかもできるのが理想というわけじゃないと思うんだ。社長一人で何もかもできるわけじゃないから、何人も人を雇うわけで。
星谷さんという優秀なスタッフがいる以上は、結局、彼女に任せるのが一番確実なんじゃないかな。
そこで、
「万が一のことがあった時には、僕も一緒に背負うよ。星谷さんにできないことが僕たちにできるとも思えないしさ」
絵里奈に対して僕自身の覚悟を伝える。
星谷さんは、その覚悟をするに値する人だと僕は思うから。
そんな僕に、絵里奈も、
「そうですね。元より、星谷さんがいなければ『SANA』は存在していませんでした。『SANA』の命運は星谷さんに委ねます。私たちは自分にできることをするだけです」
そうきっぱりと応えたのだった。




