千六百三十四 玲緒奈編 「誰だお前は!?」
十二月十七日。木曜日。晴れ。
昨夜、少し雪が降ってたみたいで、屋根の一部や自転車の上に雪が残ってたらしい。道理で寒いわけだ。
今日は、沙奈子の学校の個人懇談がある。
これについては、絵里奈が、
「是非、私が行きたいです。せっかく一緒に暮らせるようになったんですから」
とのことだったから、絵里奈に行ってもらうことになってる。
正直、今も目の下にはクマができてたりするけど、そこは化粧でなんとかして。
久しぶりの、
『外行きメイク』
だった。
気合を入れて丁寧にするから、たっぷり一時間以上かかってしまう。
で、学校に行く前に玲緒奈におっぱいをと思ったら、
「みぎゃああああ~っ!」
絵里奈に抱かれて顔を見た途端に玲緒奈が泣き出して。
もう、玲緒奈はしっかりと自分の母親の顔を覚えているんだ。そして、完璧な『外行きメイク』をした絵里奈の顔がまったく別人のようになってたことで、
『誰だお前は!?』
的に驚いてしまったみたいだ。
そんな玲緒奈に、絵里奈も、
「玲緒奈ちゃん、ママだよ。ママ。ほら、ママのおっぱいだよ」
ってなるべく穏やかに声を掛けたら、
『え…?。ママ…?』
みたいな表情になって絵里奈を見上げて、おっぱいを含まされると、さすがに分かったみたいで落ち着いた様子に。
「泣かれてしまったのはショックですけど、これもきっと成長なんでしょうね」
玲緒奈におっぱいを与えながら絵里奈が言った。
「そうだね。たぶん、『人見知り』が始まったんじゃないかな。自分と自分以外というのがはっきりしてきて、その上で、相手が自分にとってどんな存在かっていうのを察するようになってきたって気がする」
これも、別になにか専門的な根拠があってのことじゃないけど、そう考えたら納得できるっていうだけのことだけど、それでいいと思う。
絵里奈も、
「ですよね」
って落ち着いてくれてたし。
子供にこんな風に泣かれるとついついショックを受けてしまいがちだとしても、子供は『自分とは違う別の人間』だからね。自分とは違うものの見方や考え方や感じ方をする方が当たり前だと思うんだ。いつもとは違うバッチリメイクを決めて別人のようになった母親が分からなくても何も不思議じゃないよ。きっと。
それに、声としゃべり方でママだと分かったら落ち着いてくれたんだ。それでいい。
と、そこに、
「なんかすごい泣き声だったけど、大丈夫?」
事務所で仕事中だった玲那が、階段のところからひょいと顔を覗かせて聞いてきた。
「ああ、大丈夫だよ。絵里奈のメイクにびっくりしてしまっただけだし」
「なるほど!。理解した!」
苦笑いを浮かべた絵里奈の顔を見て、玲那も察してくれたのだった。




