千六百二十四 玲緒奈編 「親のそれが基になってる」
十二月七日。月曜日。晴れ。
社会的には『成功者』と言われてるような人たちにも、他人に対して酷く攻撃的でしかもいつも苛々して声を荒げてる印象があるのが少なくないのはなぜなんだろうな。
そうやって他人を威圧してなじって罵って、それが『幸せな人』のすることなのかな?。そんなことをしてたら『敵』が増えるだけのような気がするんだけどな。
なるほど、自分が『成功者』で、大きな力を持ってて、なんでも力尽くで片付けられる間はそれでも大丈夫なのかもしれない。だけど、その『力』を失った時、何が起こるだろう?。
力があればこそ抑え付けることができてたものが一気に吹き出てきたりしないかな?。『長年の恨みを晴らしてやる』と考える人が出てきたりしないかな。
年老いて弱った自分の親に対して、自分が子供だった頃にされたことをやり返すみたいなことが起こったりしないのかな?。
ううん、『年老いて』からどころか、中学生とか高校生くらいになって腕力でも親に対抗できるようになった途端に暴力的に反抗する子供もいたりするよね?。それは、誰がやってたことを真似たんだろう?。
玲緒奈を見てると実感する。この子は、僕たちの振る舞いや態度そのものを見てる。僕たちのそれを見て、『他人との接し方』を学んでる。だから僕たちが乱暴で威圧的で高圧的で相手を蔑ろにするような振る舞いを見せてたら、玲緒奈もそれを学び取ってしまうって。
親に決して力では勝てない非力なうちは怯えておとなしくてくれてたとしても、自分より弱い相手とかには、親がやってた態度そのもので振る舞うかもしれない。成長して力が強くなってきて腕力でも親に対抗できると実感できたら、自分がされたことを親にやり返すかもしれない。
自分がかつて『子供』で、そして今、『親』になったからこそ、腑に落ちた。
『子供の他人への接し方は、親のそれが基になってる』
って。僕もそうだ。おとなしくしてるつもりで、でも内心では他人を見下したりしてたのは、まさしく両親がしてたことだって。
僕の場合はたまたま、他人と揉めるのが嫌だったからおとなしくしてたけど、それがなかったら完全に両親と同じことをしてたのが分かる。
兄なんてそれこそ、両親のコピーだった。兄に対しては甘かったにしても、自分より立場が下の相手には居丈高に振る舞い、僕のことはそれこそ人間扱いさえしてなかった。だから兄は、沙奈子のことを人間扱いしなかったんだろうな。
両親にとって『邪魔者』だった僕の扱い方を、兄にとって『邪魔者』だった沙奈子に対してそのままやってたんだ。




