千六百十二 玲緒奈編 「偶然の出逢いに頼ることは」
十一月二十五日。水曜日。晴れ。
結人くんが自分の部屋に来るようになったことについて波多野さんは、
「いやあ、結人っていい男じゃん」
だって。
なんだか、『結人くんのお姉さん』的な立場になりつつあるらしい。
そう言えば波多野さんは元々、結人くんのことを高く評価してた。沙奈子がまだ小学校の時に、同じ学校の女の子の家に男の人が押し入った事件の現場にたまたま出くわして、波多野さんがその男の人を取り押さえた時に、結人くんも協力したんだった。その時から、
「やるじゃん」
って思ってたって。
もっとも、あの頃の結人くんの方は周りに対してすごく壁を張ってたからまさかこんなことになるとは当時は思ってもみなかったけど、僕たちの知らないところでいろいろな変化が起きつつあるってことか。
けれど、だからと言って星谷さんにとっての大希くんみたいな存在に結人くんがなるかと言ったら、
「あはは、それはないない」
波多野さんは笑い飛ばしてた。しかも、
「結人、やっぱ沙奈子ちゃんのことが気になってるみたいだよ」
とも言ってるらしい。
学校で沙奈子に対してちょっときつい態度をとってしまった日なんかは、
「山下のやつ、なんか言ってるか……?」
って波多野さんに聞いてきたり。彼女を通じて、沙奈子の様子を知ろうとしてるんだって。
「不器用で可愛い奴じゃん♡」
とは、波多野さんの弁。
そういう意味でも、彼女の存在が、結人くんにとっては大きなものになりつつあるみたいで。
鷲崎さんは、『お母さん』。波多野さんが、『お姉さん』。って感じかな。
波多野さんは、千早ちゃんにとっても『お姉さん』的な存在だった。星谷さんのことも『ピカ姉ぇ』とは呼んでるけど、やっぱり、千早ちゃんにとっては『お母さん』的な存在だと思う。
ちょっと男勝りと言うか『男前』と言うかな波多野さんは、千早ちゃんにとっても結人くんにとっても、『頼れる姉御』って感じなのかもしれない。
結人くん自身、以前から波多野さんのことは『ただものじゃない』みたいに思ってたらしいし。
そうだ。人生においての『出逢い』は、一つとは限らない。結人くんにとって実の母親との出逢いは不幸なものだったとしても、鷲崎さんとの出逢いはきっとそれを補っても余りあるものだと思うし、その上で、こうして波多野さんとも親しくなれて、鷲崎さんには言いにくいことでも波多野さんにだったら言えるようになっていく予感がある。と言うか、沙奈子の様子を聞くとか、実際に鷲崎さんには聞かないことを聞いてたりするからね。
ただ、僕は、玲緒奈の親として、そういう『偶然の出逢い』に頼ることはしたくないとも思うんだ。




