百六十 沙奈子編 「合鍵」
仕事を終えて家に帰ると、なんだか久しぶりっていう感じのする二人きりだった。お風呂の後で、僕の膝でまた果奈の服作りをしてる沙奈子に向かって声を掛ける。
「お姉ちゃんたちと一緒で楽しかったね」
沙奈子も大きく「うん!」って言いながら頷いた。それから僕の方に振り向いて、
「れいなおねえちゃん、金曜日にまた来てくれるって言ってたよね?」
って聞いてきた。「言ってたね」と僕が返すと、すごく嬉しそうににっこりとした。
正確には、『帰って来る』って言ってたよな。もうすっかり一緒に暮らしてるつもりなんだろうな。と、僕は机の上に置かれた玲那の化粧品を見ながら思った。しかも部屋着として着てた服は結局そのままだし、キッチンにも玲那の歯ブラシが置かれたままだし。この調子で侵食されていくのかなあ。
でも悪い気はしない。ただ、この部屋で一緒というのはさすがに無理がある気がする。それに本来ここは単身者用としての契約だった筈。一応、沙奈子が来た時もそうしたみたいに届け出れば同居人が増えても大丈夫みたいだけど、そもそもそういう作りになってないからね。
家に帰る途中のバスの中でも物件探しをしてたものの、やっぱりすぐにはこれというのは出てきてなかった。気長に探すしかないんだろうな。
そんなことをあれこれ考えてるうちに10時になって、僕は沙奈子と一緒に寝た。だけどその時、何となく物足りない感じもしてしまったのだった。すると彼女も、
「早くおねえちゃん、帰ってきたらいいのにね」
って言った。沙奈子も少し寂しいんだろうなって思った。この日は、いつも以上にくっついて寝た。
翌朝、水曜日。たった二日だったのに玲那がいたことが何だか当たり前みたいになってたからか、部屋がすごく広く感じられた。沙奈子も心持ち、沈んだ感じに見える。もしかしたら気のせいかもしれないけど。二人の時は元々こんな感じだったかもしれないけど。
淡々と朝の用意を済ませて、家を出る。いってらっしゃいのキスもお返しのキスも、なんだかあっさりしてる気がする。でも、本来はこれが当たり前だったんだよな。玲那が賑やか過ぎただけなんだ。
そう思い直してバスに乗った。なのにこれも、玲那が隣にいないことが変に感じられた。すごいな玲那は。あっという間に僕と沙奈子の日常に溶け込んでしまったんだなって思い知らされた。
会社ではいつもの通りに仕事をする。調子は悪くない。いいペースでできてると思う。そのまま午前を終えられて、いつものように社員食堂へと向かった。すると玲那と絵里奈が僕を見付けて手を振ってきた。
「沙奈子ちゃん、どう?。寂しがってる?」
玲那がそう切り出す。すっかり家族っていう話し方だった。だけど僕もそれに違和感は感じない。
「少しね。お姉ちゃん、早く帰ってくればいいのにって言ってたよ」
沙奈子が言ってた通りに話すと、玲那が嬉しそうに笑った。でも絵里奈はそれを見て、
「ホント、玲那ばっかりズルい」
って唇を尖らせた。絵里奈の方は、人形のこともあるから簡単に外泊とかできないらしい。夏の長期休暇も、沙奈子に似た人形、莉奈と、亡くなった友達に似た人形の両方を連れて、泊りがけでテーマパークに行ってきたって言ってた。しかもその人形を連れてテーマパークを回ったって聞いた。大変だなって思ったけど、子供を連れて行くのも似たようなものかとも思った。むしろ子供と違って疲れたとか眠いとか言ったりしないしトイレにも行かないし、もしかしたらそれよりは楽なのかもしれない。
だけどこの時の絵里奈は、意を決したように僕を見て言った。
「今度の金曜日、私もお邪魔していいですか?」
だって。何となくそんな予感はしてたから、別に驚かなかった。「いいよ」って、当たり前みたいに応えた。ただそうなると、四人で寝る訳かあ。コタツを壁に立てかけるようにしたらもう一組くらい布団は敷けると思うけど、そうなると布団がもう一組いるなあ。もしくは窮屈でも玲那と絵里奈には一組の布団で寝てもらうことになるかな。
ふと思った。この二人の関係性。やっぱりただの友達じゃないよな。玲那が僕の家に泊まった時の絵里奈の様子。あれ、心配とかそういうのじゃなくて、明らかにヤキモチだよね。二人とも男性はダメだって言ってるし、まあもしそうだとしても驚かない。だから一組の布団で寝るのも平気かもって特に根拠もなく楽観的に僕は見ていた。
ただ、その辺りのことは、僕は別に気にしなくても、沙奈子にはちょっと理解できないだろうな。だから沙奈子がそういうのを理解できるようになるまでは内緒にしておいてもらおうかなって思う。僕も触れないようにしよう。
ところで、金曜日は、玲那はそのまま僕のところに来るつもりだったみたいだけど、絵里奈は人形を迎えに一度家に帰らないといけないということだった。だから二人とも一旦家に帰ってから来るつもりだと言っていた。と言っても、僕は残業があるから二人の方が先に家に着くだろう。そこで僕は、部屋の合鍵を玲那に渡しておくことにした。僕と沙奈子が一つずつ持ってるから、どちらかがもし落としたり無くしたりした場合の為に作っておいたものだった。玲那が金曜日に帰ってくると言ってたから、渡すつもりで持ってきたのだった。
「じゃあこれ、鍵だから。沙奈子には僕が帰って来るまで決して玄関を開けないように言い聞かせてるから、無くすと入れないかも知れないし、気を付けてね」
と言っておいた。もちろん半分は冗談だった。いくら沙奈子が僕の言いつけを守ってくれるからって来たのが二人だって分かればさすがに開けるだろうからね。でも二人もノってくれて、
「それは大変。絶対に無くさないようにしなくちゃ!」
って大袈裟な感じで応えてくれた。
そんな感じで昼休みを終えて、午後の仕事に入る。変わらずまずまずのペースで仕事をこなして行くと、今日は8時前に残業を終えられた。だからちょっとホームセンターに行って、合鍵をもう一つ作ってもらった。絵里奈にも渡す為だ。それから家に帰ると、沙奈子が迎えてくれた。
玲那がいないからか、おかえりなさいのキスはなかった。でも、明日は文化の日で休みだから、沙奈子はお風呂に入らずに僕の帰りを待っていた。日曜日は一緒じゃなかったから、何となく久しぶりな感じがした。僕は沙奈子の頭を洗って、沙奈子は僕の背中を洗ってくれて、二人でゆっくり湯船に浸かった。
お風呂の中でおつかれさまのキスもしてくれた。僕もお返しをした。お風呂から上がって部屋着に着替えて座椅子に座ると、沙奈子が当たり前のように膝に座ってきた。と言うかこれが当たり前なんだよな。僕たちにとっては。そして沙奈子は、今日も果奈の服作りを始めた。今からだと一時間くらいしかできないけど、それでもやりたいんだろうなって感じたのだった。
 




